日記・コラム・つぶやき

2008年1月26日 (土)

泥にまみれても

"約束を守る"という事を
最初に聞いたのは
保育園に通っていた時だろうか。

今まで僕が生きてきて
多くの事を大人たちから聞いてきたけれど
思春期を通り抜ける過程で
その多くは矛盾を孕むモノであったり
建前であったりする事を実感してきた。

それでも
"約束を守る"と言う事は
その過程を経ても揺るぎない強度を保っている。
だから守れることは当然のことであり、
守れないことで強烈な後悔と反省を感じてしまう。

毎日の生活の中で
人と関わっていく以上
多くの約束を交わしていく。
そのレベルは口約束であったり
文書での約束であったり
暗黙の約束事であったりするけれど
その方法に対する意識の違いに関係なく
約束は約束であって
それ以外の何者でもないと思っていた。

しかし、どうやら自分達が生きる状況において
仕事の現場と言うのはそうではないらしい。
仕事をライフワークと捉える人にはそうとも言えないが
仕事を飯の種と考える人程
約束と言うのは
自分に都合が良い約束だけであり、
そうで無い事は守るべきことではないらしい。

仕事を続けると言う事は
そういった事とも上手くつき合う事なのだろうけれど
僕には分からない。
その先に何があるのか、全く分からない。
守れないのと守らないのは違いがあり、
守れないなりの説明責任があるものだろう。

自身の子供に約束を守る事を説き、
自身は守らない。

僕はあの裁断屋を忘れない。
僕は泥にまみれて汚れても
あの醜さは決して持たない。



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2008年1月13日 (日)

休日のオモチャ

何処が今一番いたい場所か考えると
すっと思い浮かぶのが
休日の職場だと思えてしまう。

他の誰かがいるわけでもなく、
雑音があるわけでもなく、
邪魔をされる要素が全くない。
そこには
大きな机と
数台のミシンとアイロンと
PCと
不良品とされた生地があり、
それらは仕事の対象であると同時に
僕の大切なオモチャであったりする。

そこで、podcastを聞きながら
何かしらゴソゴソとしている間は
時間を忘れてしまい
いつの間にやら日が暮れる。

勿論そこにいるだけで
本質的な豊かな生活が送れる訳は無い事は
分かっているつもりで
そこから仕事とか肩書きを取っ払った
他の人と繋がっていければ
先に繋がっていける事も分かっているのだけれど
自分のベースをきちんと把握して
スタートラインを引かないと
始まらないのも、また事実でしょ。

仕事が始まってから初の二連休。
今の感じだと、二日とも職場に出かけそう。

僕の携帯には会社では無く、
アトリエとして
電話番号が登録してある。

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2008年1月 5日 (土)

正月温泉ブランコブルース

もう何度目かの新年を迎えて
気持ちを引き締める訳も無く、
ただボーッとする訳でもなく、
僕にとっての日常を
密接に もしくは 離れて
眺める。

今年も年が明けてから
年賀状を実家で書き上げる。
ここ最近は誰かと共作で作っていたけれど
今回は白い紙に黒い文字だけで綴った。
ある意味初心表明だったりするので
今回は何も色をつけたくはなかった。

昨年に続き
今年も宇和島へ向かう。
今回は一人で行ったものの
たった一人で4、5時間
高速を走っていると
やや気がおかしくなる。
あのスピード感は
乗用車のそれであれ
進むことと死ぬことのエッジに
自分自身がフラフラ立っているようで
全く居心地が悪い。
飛ぶことには興味があるけれど
速さには関心が無いらしい。

温泉に向かい
地元の温泉エンターテイメントを知る。
熱く濃厚な土着感に埋没。
確かな強敵に違いない。
その心地よさを投げ捨てて
創造性をとる輩などは果たしているものか。

暗がりの中
赤松ののぞき岩に向かう。
あのブランコに乗ることが
今出来る最短のトリップ。
しかしながら老朽化の為か閉鎖されている。

あ〜、ブルースが聞こえる。
確かに五木ひろしは宇和島ブルースを選ばなかった。

地元のオッチャン達が
ジャックダニエル二本と
ポテチで飲んでいたので話してみた。
ウィンドサーフィンが趣味の
この二人のおじさんは
ただブランコに乗りにきた僕を
いぶかしげに招いてくれた。

しかし、
その内の一人のオッチャンは
造船所のオッチャンであり、
大竹さんの作品の制作をしていたオッチャンであった。
僕が大竹さんのファンである事を告げると
目が俄然輝き出し
作品の話や大竹さんの話聞かせてくれた。

これもまたブルース。
ジャジーではあってもロックではない。
ましてテクノやハウスでもない。
じわじわと滲み出る哀愁が
ジャックダニエルの瓶のそこから匂い立つ。

地元で友達と呼べる人たちと
結局、計らずとも
夜な夜な外に出歩く。
18で外に出てから
もう10年近く繰り返されるこの習慣。

それでいて10年越しに
進んでカラオケboxに足を入れる。
歌うは越路吹雪の"ろくでなし"。

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音程を外した自らの声に
忘年会の二の舞を思い出す。
暫しの沈黙のあと
頭の中にのぞき岩で聞いた宇和島ブルースが
かすかに聞こえ始めた。









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2007年11月 4日 (日)

雑念として

岡山で生活するようになって
もう一ヶ月が経ってしまった。
かといって
僕が生活をするこの地域の事が
何かしらわかる事もなく
家と会社の往復で
毎日がドンドン過ぎていく。

それでも不都合があるわけではなくて
不満もさほど感じないから
不思議な感じだ。
東京にいた頃は
何かしらに対して不満と不安があった。
強い人間はそこに
自身の動機付けを行い
どんどん広がっていけるのだろうけれど
僕はさほどの行動を起こせたわけではない。

それでも
自分の中で何かしらの熱は溜まっていたから
外に出て行けたのだと思う。

今は不安は相変わらずだけれど
過剰な不満が無い事が不満だ。
僕は仕事をする場所は選んだけれど
生きていく場所を選んだわけではないから。

一方的な刺激物が少ない事は
自分にとっては良い事で
そこで自分の内面と向き合う時間が作れる。
静かなスタイルと実直な行動。
ただ、それは今の土地特有のものであるはずも無く
世界中の何処にでもあるわけで
そこの事を知らずに
温々と流されていく事には
全く興味が無いし、恐ろしくも感じる。

僕が知らないだけで
何処にいようとも
WARNINGな場所はあり
この町にも存在していて
仕事を通して少しづつ気付いてきた。

"書を捨て、街へ出よう"
と言ったのは寺山修司だけれど
あれは東京だけでも新宿だけでもなく
いつだって何処の街でも言える
キャッチコピーだったはず。

そう思いながら
今日も会社のアトリエに座っている。

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2007年10月28日 (日)

徘徊〜遭遇〜徘徊

そろそろ、村から外に出たくて
岡山の市街地に行ってみた。
電車に乗ってほぼ30分の距離は
思った以上に離れている。

岡山駅からフラフラ徘徊しながら、
道行く人に聞きながら
目的地を見つける。
今回はDerisyasweetsを見るのが目的。
東京では見れなかったのに
こっちで見られるとは
何だか凄く不思議な感じがする。

19時半にライブハウスに着くと
そこそこ人が入っている。
どのような人が集まっているのか
新参者の僕には分からない。
ああいう場に一人で行くのは
全く自由なようで
全く寂しいモノがある。

仕方なしにBeerを立て続けに飲んで
視界を狭くしてみた。
空きっ腹にBeerがビシビシ聞いて来る。

程よく頭が痛くなった所で
彼女等の登場。

やっぱりパワーがあります。
以前は御霊祭りの特設テントで
そのものズバリのシチェーションだったけれど
ライブハウスで見ると
これはこれで違った雰囲気が出ていて面白い。

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だんだん前の方にズリ寄ってしまい、
最後はほぼかぶり付きで見てしまった。
まいった、まいった。

ライブ終了後は再び一人で
市街地を徘徊。
これからの日々
こんなパターンを何回繰り返すのでしょうか?

やっぱり人と絡んでいかないと
な〜ンにも面白くないですね。
友達百人作りにいってきます。


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2007年10月27日 (土)

adolescence

二十歳からの今までを
振り返ると
楽しい事嬉しい事もあるけれど、
後ろめたさもじんわり感じる。

様々な場所で
様々な人と知り合う事が出来て
そこから発展していった考えも
沢山あったのだけれど
自分がそこで何をして来たかを考えると
随分受動的なことが多いようで
勿論まわりは能動的な人たちが
多かったのだけれど
僕の個人史はあまり飛躍してなかったなぁ、
などとフツフツ思ってしまう。

いつか僕の体も止まってしまうんだろう。
意思とは無関係に
自然にいつか、もしくは突然止まってしまう。
それは自分では仕方が無いことだけれど
もし、そうなった後に
僕は何を思うのか想像する。

そこから逆算して今に戻ると
やりたい事とその結果のバランスが
まったく合っていないのじゃないか
などと
青春ヨロシク考えてみた。

勿論バランスを整えるだけの方法を
まだ持ってはいないのだけれど
僕は今も青春期なんだなぁ、と
ジンワリ実感して来た。

それなりに
何が必要で何が要らないのか、
それなりに判別は出来るつもりだけれど
それでもどんどん片っ端から受け入れる
好奇心はまだまだ継続中。

遊んで、仕事して、恋愛もする。
どれかだけでは
僕は今いる実感が掴めない。

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2007年10月15日 (月)

paint white

土曜の朝
木内君を駅まで車で送る。
社用のハイエースは前後が長くて
後ろがあまり把握出来なくて怖い。

そのまま出勤して
一人作業をしていたら
注文していたdictionaryが届く。
頼んで2日くらいで届いたので驚く。
東京と岡山は思ったより近いのか?

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21時に帰宅してビール飲んで寝る。
ちょうど祭りの時期らしく
外の道を
酔っぱらった大人や
茶、黄、赤、青の頭の若者が徘徊していた。
時折叫んでうるさい。

日曜は電話で目が覚める。
こちらに来てから
一回の電話で話す時間が長くなった。
そんなに話すのは得意じゃないけれど、
無意識に人の声を
聞きたがっているのかも知れない。

外から"だんじり"の声が聞こえて来る。
いい感じではあるけれど
自分が異邦人だと感じてしまう。

ビールを飲みながら
部屋の柱をペンキで塗る。
油性を買ったものの
伸びが足りなく上手く塗れない。
手や顔を白くしながら
取りあえず寝床だけは塗り終えた。
時間を見つけて少しづつ塗り重ねて行くつもり。

葉書を書いて
dictionaryを読んで2時に寝る。
ペンキの匂いが部屋を満たして
ラリってくる。

少しづつ少しづつ作り上げればイイ。

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2007年10月13日 (土)

サナギ

新しい住居を手に入れて
まだネット環境が整っていないので
久々のblogアップです。

環境が変わって
生活が変わって
心意気も変わって来ているけれど
体と言う自然体は
適応能力はあっても
遅々たる進歩で調子が悪い。
生活のリズムが逆転してしまったから
体内時計が軋むような毎日。

それでもやる事は十分にあって
こちらの風土に埋没するどころか
家と会社の往復に埋没しそう。
家の壁塗りも終わっていないし、
買い物も出来ていないので
仕事はしてるけれど
生活は出来ていない。

それでも日々反省はあるわけで
悶々と布団に入り込む。
あれが出来てこれが出来ないと、
確認して反省しての繰り返し。
どうやら、まだまだ
サナギから成虫に変態するには
まだまだ時間がかかりそう。

徐々には職場の人とも
絡めだして来たので
これからジックリ
自分の立ち位置を作り上げるしか無い。
種まきは終わったから
ドンドン根をはって養分を吸収しますよ。Kc3a0045
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2007年10月 8日 (月)

メメント・モリ

今は岡山へ引越もそこそこに
実家に帰っている。

岡山へ移り住むことを
一切相談せずに決めた為に
家族に対する
説明責任の様なものを感じていた。

それでも実際は仕事の話はそこそこに
実家での日常的な話に
うつつを抜かしている。
ゆったりと時間を感じ、
地域性のにじみ出るリズムで
畑に出たり、犬に触れる。

家族がどういうものなのか
未だにわかりはしないけれど
相手から
そこにいると認めてもらって
自分の場所を作り出す。
それも一つの創造に違いない。

理屈をこねまわしたり
周到な根回しをする必要が無く、
二言三言でとりあえず受け入れてくれる。
大前提で相手を受け入れる。
一度含んでから善し悪しを吟味する。
そういう関係を
僕も作りたいと思うわけです。

いつかは壊れてなくなるけれど、
それを意識すれば
最初からビシっと踏み込んだ一歩が
踏み出せると希望します。

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2007年10月 3日 (水)

love letter

以前出したハガキが
やっと繋がって栃木に出かける。
引越を明日に迎えて
時間的な余裕は無かったけれど
その人には会っておきたかったから
寝不足ながら出かけた。

約2時間の道のり、
僕には良い睡眠時間になった。

駅で待つ間、
今までの8年間を思い返す。
特別長い時間を過ごせたわけでは無いけれど
僕には忘れがたいモノになっている。

その人は車で迎えに来てくれた。
何だかもう
それだけでも良いように思えた。
せっかく話が出来るのに、
それだけで満足してしまった。

初めての町を案内してもらう。
細く込み入った道を
スイスイ通り抜ける様を見て
町の人になったように思えた。
翁島で車を降りて散策する。
塚本晋也監督が
双生児で撮影に使ったと聞く。
話を聞きながら
中の畳に寝そべる。
畳の匂いと昔ながらのガラス窓が
とても気持ちがいい。
便利で清潔な現代の家よりも
こちらの家の方がよっぽど良い。
自分たちの生活の基盤に
必要なモノだけがある家。
ちょっとおかしい物もあるけれど
味わいがある。

少し離れた満願寺へ
お友達の岩本さんが営まれている
おそば屋さんに行く。
「私の中では日本一おいしいよ。」
と聞けば行くしかない。
到着し、まずは参拝。
一緒に暮らしている
犬や猫の話を聞きながら
ゆっくり時間を使う。
曇りの日だったけれど
川の音や少しひんやりした佇まいが
心地よい。

お勧めの十割りそば“満笑”を頂く。
注文を受けて作る為
時間はかかるけれど
その味は蕎麦の実そのもので
飾り気が無くて素朴で美味しい。
ほんのりボソボソする食感が
口の中で気持ち良い。
しかし、その人は今イチな様子。
僕があまり感想を出さないから
心配になったのかもしれない。
ごめんなさい。
でも、美味しかったし嬉しかったから
何も言えなかったんです。

昔の話と今の話を聞きながら
僕の8年間にも
その人の8年間にも
それぞれに深い思いが入っている。
アンテナを広げて
目一杯受け止めようとするなら
そこに痛みも伴ってくる。
それと真剣に対峙してきたのが
その人の8年間の痕跡。
自分はなんて勿体ない時間を
過ごして来たのか。
何も出来ていない自分を振り返って、
ひたむきな人を見て、
自分を悔いる。
それでも岩本さんと話す姿を見て
嬉しくなったりもしたのです。
握手してるところなど、
ほんとに良い空気があるところ
僕が見たかったところが
見れてよかった。

その後、家にお邪魔したかったのだけれど
時間がなくなったので
その足で駅に向かった。
車の中でその人の口から
「一人で生きていく覚悟。」
と言う言葉を聞いて寂しく響いた。

本当は僕の話をするつもりだったけれど
今回うまく話せなかった。
でもそれでいい。
何かを報告することよりも
これからしたいことが決まった。
とりあえず僕は岡山へ行くけれど
それでも僕はこの人と繋がりは保っていたい。
決して一人だとは思わせたくない。

饅頭とお茶をくれたその人と握手をする。
すると
「じゃ、Hugしよう。」
と言われた時はビリビリきた。
初めて言われたし、次の約束なんて無かったし。
だから僕からもHugをした。
感情が高ぶって
泣きそうになった。
帽子を振って駅のエスカレーターに乗った後は
あまり覚えていない。
それは仕方が無いこと。
その人は変わらない真剣さで話してくれたし、
僕も真剣に聞いて考えたから
あとは放心になってしまう。

短い間に色々な感情が立ち上がって
収集いかなくなったけれど
ここでやっと僕のバランスがとれたように思えた。
自分の内側に向けた覚悟と
自分の外側に向けた覚悟。
ここから一つ一つを積み重ねれば
それぞれへの思いが一つにまとまるかもしれない。
そう考えると最後に笑うことが出来た。

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2007年10月 2日 (火)

Last Orgy

もう暫くはモグれないなぁ、と
思いながら
上野の藝大へ向かう。
僕の中で一つの区切りの美術解剖学。
今回のゲストレクチャーは
ベネッセコーポレーションの

代表取締役兼会長兼CEOを勤める
福武總一郎さん。

僕も何度か訪れた直島を作った人。

偶然にも岡山の会社という事で
その心意気はもとより
東京ではなく地方から発信する
文化事業の組織として
地方から作り上げる一つのモデル
を作られた人として
大変興味深い話が聞けました。

「カルチャーは地方から生まれる。」
「東京は嫌い。」
「現状の事実を何処まで把握して対峙してますか?」
「人生の目的は、思いをかたちつくることである。」
「全ての学問の究極の目的は、
 コミュニティつくりである。」

キックの効いた言葉も
きちんと裏付けのある言葉も
随分僕の気持ちを高めてくれる。

"コミュニティつくり"
確かに僕らがこれから辿り着こうとする場所は
それぞれが違った見地から
同じ意識を持って集まる
ドキドキしながらも気持ちの良い
コミュニティを作ることに他ならない。

急いで五反田に行き、
野村さん、菅原さん、五月changと
ご飯を食べる。
菅原さんとはとても長い付き合いで
その場では話さなかったけれど
思い出のようなモノが
フワフワと過って懐かしくなる。
この人は全く個人的な事を話してくれない。
「自分は認められてないのか。」と
考えもしたけれど、
それでも今は
いつか話してくれるような状況に
進展する時を待ちます。

最後の五反田出勤。
特別感慨深いモノは無いけれど
最後の最後で
"贈る言葉"がスピーカーから流れて来た。
ベタだなぁ、ベタだけれど
グッときました。ちょっとね。
「皆良い奴。」と思えたから
最後の時間は僕にとって
凄く良い時間だった事に間違い無しです。

菅原さん、安間君、野村さん、西山さん、原田さん
安藤君、・・・細川さん。

長い間お世話になりました。
今まで有り難うございました。
さぁ、邪魔者はいなくなりました。
あとは思い思いの自己実現を成し遂げて下さい。


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2007年10月 1日 (月)

二人の送別会

朝に群馬から戻り
無造作に濡れた引っ越し用の段ボールに
妙な愛着を覚えながら
暫し寝てしまった昨日。

夕方に紀さんを誘って
"Song of Russia"のお店に伺う。
僕の引っ越しと同時期に
パリへと移住する仙波さんと
彼女のパートナー、元さんに挨拶に行く。
二人はネット上で
アンティークのジュエリーを紹介し
自宅兼事務所で販売をされている
アンティークジュエリーディーラー。

その博識ぶりと生き方には
大変興味を持たせて頂いている。
特に元さんの生き方は
小説から飛び出したような驚きに溢れている。

昨日は挨拶のつもりが
二人の心遣いで
日本一美味しいと自負する焼き肉を御馳走になる。
確かにおまかせで頂いた品目には
一切の手抜きが無く
タン刺しから始まった料理には
感動モノの美味しさに眼がくらんだ。

僕のこれからのビジョンを
説明させて貰い
それに対する的確で面白い意見を
聞かせてもらう。

新たなビジネスモデルを作る為に
それまでの歴史をとことん調べる事。
受け入れる事と距離を持つ事の選別をする事。
決して諦めずに考え続け行動する事。
そして楽しむ事。

いちいち具体的に指摘を受けて
とてもシゲキテキな時間を過ごせた。
この刺激は自分の美意識に鋭く届く。
それ以外にも楽しい会話をする事が出来て
大変満足の出来る時間。

こんな時間を共有する為に
僕は人と関わり合いたい。
そして広めたいのです。
元さん、仙波さん、紀さん
大変楽しい時間をありがとうございました。
また、あのような時間が過ごせる日を
心待ちにしています。

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2007年9月29日 (土)

収穫の秋

「自ら植えた苗は
 自ら刈り取る責任がある。」
という事で稲刈りに行ってきました。
原沢君、詩chang、ありがとう。

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「070929_135301.3gp」をダウンロード

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2007年9月27日 (木)

下見

いろいろな意味で
現実に引き戻される岡山への旅。
そこではこれからの
不安や緊張や責任のような
無形のプレッシャーが
毎分訪れるよう。

何かがある訳ではなく
不満が生まれている訳でもなく
まして満足する事もない
一つの地方での実情に
心底やられてしまう。

しかしそれこそ自分が選んだ場所。
メリットもデメリットも含んだ
多様性の中へ
自身を飛び込ませる事に
何かしらの意味を見いだしたいと
思う渇望。

そう考えないと
やってられない様な場所。
人間がその場にいるだけで受ける
ピュアプレッシャーにさらされながら
僕はより一層の
決意と覚悟を固める訳です。

やるべき事、やりたい事は
既に決めているわけで
それに向かう仮面を形成する。
偽りでは無く、
その場に合う自分を作るという事。

幸いにも殺伐とした空気よりも
人間味溢れる人柄が
いまだ息吹く町並みに
ちょっとは追い風を感じる事も出来る。

まずは自分の役割の明確化を計るのみ。

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2007年9月26日 (水)

香依の眼 in 平泉

香依から写真が送られてました。
香依の目線で見る思い出です。
ありがとう。

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2007年9月25日 (火)

XXX

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再び渡君と会う。
レザーのJKを二着頂きました。
デザイン良しサイズ良しです。
ありがとう。

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2007年9月24日 (月)

Give and Take

朝起きて「お腹が減ったなぁ。」
などと思いながらご飯を用意していたら
Nari-changとの約束を思い出す。
Nari-changに食べさせてもらおうと
"Cafe Mangrove"へ向かう。

二日蓮チャンで来るのも
変な感じだけれど
パンツの直しを頼まれていたし
空腹を満たす為なら
何処だろうと行くしかない。

Nari-changの私物は何度か直したけれど
彼のセンスは凄く良い。
古着と新しいもののmixが凄く上手い。
加えて料理が出来て
喋りがさり気なく出来る。
つまりモテるという事になる。

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僕が服を直し、
Nari-changがご飯を提供する。
これぞGive and Takeです。

いつも頼む生春巻きと
目玉焼きを乗せた炒めモノとご飯を
頂きながら
昨日話せなかった話も少しする。

多忙なおかげで
腰を悪くした
Nari-chang。
僕らもそういうお年頃になった訳ですね。
僕も気をつけます。

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最後にタピオカを出してくれたので
美味しく頂く。
確かに美味しい食事は
気分を心地よくしてくれます。

もてなしを受けたからには
僕もきちんと仕事をしないと。
出来るだけ早めにパンツは直します。


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2007年9月23日 (日)

隣の人

いくつか用事があったので
渋谷に向かう。また渋谷である。
出来れば渋谷に行くような用事は
一日にまとめてスパーンとやりきりたいのだけれど
どうもそうはいかないらしい。

渋谷から代官山に移り
arts& scienceに寄って
ブレスレットの修理の話を済ませ
またもや買い物をしてしまう。

その後、恵比寿に向かって
細川さんとガーデンプレイスで待ち合わせ。
以前はガーデンプレイスって
商業施設として凄く詰まらないと
思っていたけれど
銀座、表参道、丸の内、六本木など
新しい商業施設が乱立する中で
いまのガーデンプレイスは
商業施設としてさほど
勇んで購買意欲をかき立てる雰囲気もなく
ただただ人が集まるだけのような感じが
僕には居心地良く感じられてイイ。

近くでnari-changが働いているお店に
二人で入る。
ほほがやや紅色のnari-changにも
今回の引っ越しの話をする。
どうやらパンツの直しを頼みたいらしいので
明日再びここに来る約束をする。

細川さんには
今までのお付き合いから
これからの僕のプランを
きちんと説明しておきたかった。
それはとても個人的なことであり、
細川さんにすれば全く関係のない事だとも
思ったのだけれど、
僕が何をどう考えたのかを
形あるもの見せれていない分
伝えたかった。
そうしないとフェアじゃ無い気がしたのです。

実際はお酒のせいでは無く、
未だ未熟で雑な喋りで
上手く話せたのかは分からないけれど
僕の姿勢くらいは伝わったかなぁ。

細川さんから
「ここ一ヶ月くらい見ていると人生だなぁと思いました。」
と言われて、
「ああぁ、そうなのかぁ。」
と思った。
確かに人生の選択性を存分に感じる時間を
今は過ごしている。
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偶然だけれどこのあたりには思い出があり、
今の時期に来るのも感慨深い。

二人で以前歩いた道を
再び歩いて五反田に向かう。
僕はあの緑の壁の小道を
いつかまた歩きたいと思う。
その時に今をどう振り返るかは
これからの僕次第である。
次はツーリングも良いですね。

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五反田から山手通りを走り
再び渋谷へ。
雄介kunのアレンジで
学生時代の友達と会う。
寺岡君、チエ-chang、渡君、雄介kun、そして菅原さん。

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実際クラスは違ったし
勉強したことも違うし
個人の嗜好も違うけれど
相変わらず気持ちがイイ雰囲気を出している。

それぞれが何をやっていて
誰と知り合いで
給料がいくらとかが
全く関係ないところで
べらべらと喋ってしまう
変わらない友達。シンジケート。

Kc3a0003001 Kc3a0004001

良いですね。
気持ち良いです。
飲み過ぎですがばっちり覚えています。
また遊ぶことを約束して
深夜3時に解散。

自分を成しているのは
自己精神だけでは無くて
隣にいてくれる人たちの存在のおかげでもある。
皆が皆、世の中的にいい人な訳ではないし、
上手くいっている訳でもないけれど
その存在感で僕は何とかやっていける。
そう思ってれば
道を踏み外す事も無いと思えた訳です。

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2007年9月22日 (土)

MEGURO LIFE

昨日は
以前から約束していた通り
武蔵野美術大学に行く。
芸大には何度か行った事があるけれど

武蔵美は遠いと言う事も有り
行った事がなかった。

急遽、五月changも参加し
1年生の小川さんにアレンジしてもらって
いくつかの講義の中から
面白そうなモノを選んで
モグリ込んでみた。
選んだのは「生と性 」。
基本的な性の考え方かとして

生物学的性の分け方、
性自認による分け方、
性愛の対象による分け方、

を教えてもらう。
当たり前のように使って来た
言葉(トランスジェンダー、ゲイ、レズビアンetc)などの
定義の違いをはじめて考えてみて
やっと理解出来た。
理解出来ないのは
そこそこ広い講義室に
受ける生徒は少なかったのだけれど
どうして後ろの方に固まって座るのか?
おかげで先生が
後ろの方をウロウロして
話すので黒板を使う事が無かった。
もっと前のめりになれば良いのに、
面白い講義なんだから。

その後はもう一限講義にモグって
学内を散歩する。
凄く広くて端から端までは把握出来ない。
小川さんは道すがら会う人皆に
声をかけて歩く。
あ〜、そういう事が出来る人なんだ。
僕の学生時代とは違う。
羨ましいなぁ、などと思った。

070921_162402
少し食堂で喋って
渋谷に向かい
五月changと別れる。

僕の青春お宝VHSを売ろうと試みるが
あまりに安値をつけられたので辞めた。

黒丸さんと野村さんへのプレゼントを選んで
ABCへと向かう。

先週に引き続き、
今週はABCでPhilosophy'zineの
トークイベントがあった。

先週の話が
どうしてZINEを作ったか、
何をどZINEにするか、
また最終号の話だとすると
今回は毎号を振り返って
どのようにあるテーマの元
作っていったのか、
のような話。

先週よりとても話が分かりやすかった
のだけれど
トーク中、スタッフの女の子が
気を利かせてかがんで歩く為に
腰履きのジーンズから
グレーのパンツがずっと見える。
興奮するとかメッケモンだったわけでは無いけれど
お尻半分出して動き回る姿に
なにかしら感動して
スケッチを試みる。
そこに何かしらを成し遂げるひたむきさを感じるのは
深読みのし過ぎか?

思わぬお土産を頂戴し
五反田へ移動。

黒丸さん、野村さんとの三人で
9月生まれの誕生日会を行う。
食事は僕好みのしゃぶしゃぶ。
それぞれ歳は違うけれど
雑多にいい加減に話をしていて
面白い。

070921_225401

この二人は全然違うようで似ている。
掘り下げると
同じ職場で働く意外に
共通事項が結構有る事に気がついた。

閉店後、よく行く本屋の隣に座り込み
路上の人となり再び喋る。

ちょっと忙しい一日だったけれど
それでもどれも
楽しく過ごせた。
多分全てでは無いけれど
人選が素晴らしくよかったおかげ。
これ自分の人徳だと思うのは
ちょっと買いかぶりし過ぎか?


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鮫洲TRIP

高校生の頃に
友達の家によくよく通っていた。
その家からコンビニまでは
結構距離があったので
原チャリを使うのだけれど
無免許で捕まるのもアホらしいので
友達宅からコンビ二に行く為だけに
原チャリの免許を取った。
それが最初の免許。

そこからグッと時間が過ぎて、
まわりの進めもアリ
海外遊学のお金もなくなった頃
余った時間で車の免許を取った。
それが23歳の頃の話。

そして今年更新の時期を
迎えてしまった。
鮫洲まで自転車で行く。
知らない道と言うのは
やたら時間がかかる。
やっと着いたら大きな態度の
国家公務員に誘導されるがまま
手続きを受けて進む。

僕は以前に他人の駐禁の
身代わりをしていた為、
一般講習1時間を受ける。

そつなくこなして
新しい免許証を受け取る。
昔に紛失してから
寝起きの死んだ魚の眼をした写真から
やっとまともな写真の免許証を
手に入れる事が出来た。

昼食に食堂へ
A-setを頂く。070920_142801
取りあえず頼んだものの
普通においしかった。

最新の免許証には
ICチップが入っているらしい。
将来的には名前、本籍、住所などの情報も
免許証自体には記載されず
ICで管理するらしい。

そうなると
免許証自体が
IDにならなくなるんじゃないかな。
僕には不便だけれど
そんな事はおかまい無しのようです。


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2007年9月20日 (木)

良いじゃないですか

引っ越しの段取りで
外苑前に行く。
ここ2週間、何度あの道を
行き来したのか考えるのは止めた。

さぁ、いよいよと言うより
引っ越しアレルギーに犯されて
気が重い。
あの本音と建前の
分かりやすい二面性に
あ〜不条理だぁ〜、などと
考えた所でどうする事もない。

引っ越しと来週の予定を決めながら
フツフツと湧いて来た質問・疑問を
一つ一つ潰していく。

徐々に自分の役割と
移っていく実感を感じてきたけれど
どうやらもう既に
やるべき事は山積みで
そこからの手順もやり方も
一人で手探りで進めていく事になりそう。
誰かしらのフォローは期待しない方がイイ。

今は引っ越しを中心に
事務的な事をこなしつつ
計画を立てていくしか無い。

何処へ行って帰るにしても
同じルートを戻るのはつまらないので
代官山を通る。
ふと久しぶりにArts&Scienceに寄ると
相変わらず素敵なモノ達で詰まっている感じ。

ブレスレットを修理に出し
何気に店内を見て廻ると
軽い帽子を見つけた。
僕は頭が大きいのでかぶれる帽子が少ない。
だからかぶれるサイズが見つかると
取りあえず試す。
良いじゃないですか。

ラックにかかっていたパンツが眼に入る。
丈が短くヒップラインが太い。
麻を墨で染めた風合いがいい感じ。
どうやら女性ものらしいが
試しに履かしてもらう。
良いじゃないですか。

不用意に物色をすると
ついつい物欲が高まって来る。
危ない、危ない。
帽子だけ買っとこう。

意気揚々と一旦家に戻り
手紙を書いていたら
バイトの時間に遅れそうになる。

何にも始まってはいないけれど
ここ2、3日は
一面一面クリアしてる感じで
気持ちだけは良い。
これからは今のテンションを保つだけだ。
でも、それこそが
一番厄介な問題の一つなんだけれども・・・。

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2007年9月19日 (水)

show & listen

Pistolsからレゲエに向かい
Flower of Romanceにたどり着いた時の
ジョン・ライドンは
やはり凄いと思ったわけで、
Public Imageと聞くと
その都度再び走馬灯を思い起こす。

同じ名前のブランドのshowの音楽を
ATAKの渋谷さんがやるとなると
当然聞きに行くしかない。

7:30にはラフォーレ六本木に到着。
五月changと紀sanを誘って
開場をまっていると
全身黒のstaffらしき人が
右へ左へ忙しそう。
しかし、確実に僕のまわりにはいない
それらの出で立ちの人と客に挟まれ
少々戸惑ってしまう。
あの場でもしパンツを脱がされても
そのままでいてしまうような
脱力感が溢れて来る。

何度かFashion showは見て来たけれど
mensのshowは数が少ない。

暫く列をなして待っていると
招待状の無い一般人をよそに
招待客(プレス、バイヤー、お友達)が
続々と入って行く。
当然必要な線引きではあるけれど
そこに違和感を感じてしまう。
商業ベースのイベントだから仕方が無い。

開場に入って立ち見。
凄く暗くて広いスペースに
寺門ジモンが集めていそうなライトが
青、白、青と移り変わっていく。
暗転して
フツフツと溢れ落ちるようなnoiseが響き
showがスタート。
グランドピアノにラップトップを乗せた
渋谷さんは落ち着いた感じで
noiseに転調を効かせて
ザワザワと煽って行く。
いやぁ〜。カッコいい。音もイイ。
服のliveだけれど、
それより渋谷さんが気になって仕方が無い。
途中からピアノが混じって
さらに加速度が上がり
ズドーンとはじけてピアノの旋律でおわる。

20分位のshowだけれど
かなり楽しめれた。
すでにスパーンと開かれた
ピーター・サヴィルの
グラフィックも良いけれど
音を分解して再構築していく
まだまだマイノリティな
音のプロセスの方が
僕には楽しめた。

それでもやはりliveは面白い。
どういう現場であっても
五感が刺激される。
そういうモノが
手短に有るのが東京の良さの一つに違いない。
良い音楽が聞けました。

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2007年9月18日 (火)

フラッシュ京都バック

京都に住んで驚いたのは
四季の有り様がキッチリわかる事だった。
盆地ならではの
夏は暑く、冬は寒い天候に
安い自転車を移動手段にしていた僕は
非常に苦しみました。
一ヶ月だけ働いた引っ越しのバイトでは
それこそ倒れ込みそうな日々が続きました。
あとあっちの方言にも・・・やられました。
あまりのキツさに保たなかったあの夏。
それからは引っ越しのトラックを見かけると
フラッシュバックを起こします。

昨日2社の引っ越し業者さんに
見積もりに来てもらう。
一社は若いか細い女性が来られて
他社はドライバー経験の有りそうな男性。

女性の人とは普通に話せたのだけれど
男性の方はやはり威圧されてしまう。
屈強な体からほとばしる体育会系の雰囲気。
そこから時折溢れる営業スマイル。
それらをスーツに押し込めて
この人の体の中に何が蠢いているのか
勝手に想像してビビる自分。

引っ越し作業を思い出し
引っ越しの人の会話を思い出す。

あー怖い。もー面倒くさい。
でも急がんとな。


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2007年9月17日 (月)

個別のmodeの引き出し

最近はやる事が
有るのか無いのか未確認ながら
非常にせかされる思いで
眠い眠いと朝に起きる。

ネットで引っ越しの見積もりを
数社に依頼し
久しぶりに入澤さんと昼ご飯。
五反田でブラつきながら
ホテルのレストランに入ってみた。
バスキアの特大ポスターが張ってあった。

入澤さんとは
学生から社会人までをまたぐお付き合い。
会うたびにドンドン変わっていく。
話す事はさほど変わらないのだけれど
パンチの効いた台詞がよく飛び、
ついついタジタジになる。

「合コンなんて男を掴まえに行ってるんだから」
どうやらそういうことらしい。
「私だってキレるし、泣きはらしたりするのよ」
そういう経験もしてきたのね。
「今しか出来ないことがあるから、それをしたい」
確かにそういう風に思える事が有る。
何だかお尻を蹴られた思いがした。

その後、荒井君に会いに渋谷へ。
ここ3、4日毎日渋谷に通ってる気がする。
しかも昨日は土曜で人がごった返していた。
デザインサイトでの仕事や
最近の話は少し聞いていたけれど、
久しぶりの荒井君は
良い意味で全然変わっていない。
とても真面目で前向きな人。
歳は違っても同じ目線で話せる。

とはいってもやはり最近は忙しそう。
川崎から浅草までBADBOYで
通っているらしい。
プロフェッショナルで放送された
靴職人の話になった時、
僕なんかはついつい感化されてしまうのだけれど
「ああいう人は今は結構いますよ。
 オーダーメイドを唱っても
 実情はレディメイドでお金を作りますからね」
知ってる人は知っているんだなぁ。

以前の僕の職場に
今は荒井君が少し絡んでいるみたいで
その辺の事などを含めて喋っていると
通りから声をかけられる。
学生時代の友達がそこにいた。

TAMA a.k.a SHAQは今は群馬で
アパレルの企画をやっている。
産地で仕事をしているわけだ。
そして起業者でもある。
リサーチに東京へ来ているらしい。
オーガニックコットンを使っている事に
興味を引かれた。
少しの時間だったけれど
頭の中で昔の引き出しがドンドン開いて
うれしかった。
また会いましょう。

入澤さんにしても
荒井君にしても
TAMA a.k.a SHAQにしても
一時期時間を共有して来た人たちには
それぞれ別のmodeの引き出しが
用意される。
無意識のうちに
片隅に片付けられたりして
何処にあるのか
分からなくなったりするけれど
ふとしたキッカケで
それらが一斉に開かれる感覚は
とても心地よく思えたりする。

それが快感だとしたら
その特別な個別のmodeの引き出しを
未曾有に沢山作れるよう
多くの機会に突入すべきだと思う。



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2007年9月16日 (日)

欲望・・・削がれる

Dickiesのパンツが欲しいなぁ。
などと考えていたら
約束の時間になったので
目黒に向かう。

以前からお誘いを受けていた
同僚のバーネットさんと合流。
取りあえず新宿へ向かう。

前日の試着が後を引いて
ジーンズメイトにおもむき、
Dickiesを探す。
しかし、新宿では売り切れたらしく
何処にも見当たらない。
売り切れると言う言葉は
より一層の欲望を刺激する。
あー、僕も他の人と一緒です。

しかたなしに初台に向かう道すがら
つけ麺屋に入る。
遠い昔父親につれられて行った
つけ麺屋を探しているのだけれど
なぜか見つからない。
確かあれは一、二階をようする店だったはず。
だけど今は一回の路面店しか見当たらない。
無いと言う事は更なる欲望を刺激する。

ラーメンをすすりながら
あーだ、こーだ話す。
相変わらずバーネットさんは
頭の回転が早く
仕事から絵から舞台から
 シェイクスピアから野田英樹から新撰組まで
どんどん話が転がりだす。
ついて行くのがやっとになる。
でも、人の話を聞くのは面白い。

この日はめっぽう暑くて
新宿公園付近は人もまばらで
太陽と車の騒音で
必要以上に暑く感じてしまう。
お目当てのオペラシティに着くと
思わず座り込んでしまった。

昔オペラシティの裏に住んでいたのだけれど
この辺は山手通り以外あまり変わっていない。
その当時は一度も訪れていないけれど
こちらのICC結構面白い催しを
度々行われている。
現在行われているのは
坂本龍一と高谷史郎さんによる
"LIFE
- fluid, invisible, inaudible ..."
これが気になって来たものの
どうやらOPENの日らしく
ライブイベントがあり、
僕が時間を間違っていたので
入れなかった。
たぶん今月中にもう一度来ると思う。

その後、近場でお茶しながら
近況や仕事の話をする。
しっかり考えることは良い事です。
でもそればっかりだと良くないのです。
もっともっと雑多な世界に身を置いてこそ
自分なりの考えが固まるのだと思うよ。

渋谷に向かい
ジーンズメイトを2軒ハシゴする。
やっとお目当てのDickiesを
ちょうど良いサイズで見つけたのだけれど
何だか買う気が失せてしまった。
たぶんあの店舗の雰囲気が
僕の購買意欲をそいでしまったのだろう。
チクショウ、ゴミばっかり並べやがって。
なんだよ。あのプリント物は。
今時の消費者を馬鹿にしてんのかな。
あんなもん買う人間なんて、
ワルそうな奴らに身ぐるみはがれて、
泣く泣く全裸で
センター街を走り抜ける様な人間しか
買わねえぞ。

つき合ってもらったバーネットさんに
誤って電車にのる。

これからどうしようか考えていたら
そのまま眠りこけてしまった。
何たる一日。
全く何も達成出来ていない一日。
でもそれが妙に自分っぽい一日だった。

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2007年9月15日 (土)

自分で決めました。

Excuse,
一昨日はさすがに長い一日で
眠きて眠くて
昨日は一矢menとの約束に遅れた。

一矢menには
何かと気苦労をかけているけれど
昨日も最近の僕を見かねて
声をかけてくれた。ごめん。

取りあえず代官山で
遅い昼ご飯を食べながら
話を聞く。
近況の話から眉唾なネタまで。
僕自身も眉唾な話を持っていたので
話すとあきれられた。
「マジで!また一人で決めたでしょ。」
確かに一人で決めました。
「相談しなよ。」と言ってくれる
友達がいる事は凄く有り難い。
それでも結局は自分で決めることだから
相談する以前に
あらかたは決まっていたりする。
相談すると言う事は
一つの目的に向かって
どういうアプローチがあるかを探る事であって
二者択一の状況下で判断する為に
人の意見を聞く事は
今は無い。
悩む時は大抵どちらも
理解出来ていない場合が多い。

取りあえず貸した本は
早めに返してください。
まだ読んでないから。

渋谷TowerBooksへ
Philosophy zineのイベントを拝聴しに行く。
on book storeの為
スペースを超えて
本棚の隙間まで人が集まっている。
聞ければいいのだけれど
誰が話しているのかは見えない。

それなりのメンツが
同じユニフォームで聞き入っている。
皆出で立ちこそ同じでも
入り口はそれぞれ違う。
その広がりは
業種が違っても参考にするべき
一つのスタイルには違いない。

仕事に出る。
忙しそうではあったけれど
店長に辞める事を伝える。
確かに急な話だと思う。
自分勝手な部分がかなりあります。
それでもやっと伝える機会が作れました。
勿論最後までキッチリやり切ります。
それにしても
この言葉を意識してから
ここまで長かったなぁ。

辞めたからって
自分が劇的に変わる事は無いのだけれど
ちょっとづつでも
変化して行かないとマズいでしょ。
ダラダラでさえも続けてられないからね。
ここで出会った人たちには
それぞれの思惑を
ひたむきに成し遂げて欲しいから
良いキッカケに成ればイイ。
多忙な写真家、
使わずにいられない役者/脚本家、
温かいデザイナー、
そして
生徒と同じ視線を持てる先生に
なって欲しい。なれるでしょ?
Rise Above。

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2007年9月14日 (金)

飛び込み

思いのほか
予定より早く目が覚めた。
祖母のエプロンを採寸し
それなりのデザインを
頭の中にはめてみる。

平川さんの新しい雑誌
発売されたらしい。
何処で買えるのか。

外苑前にてミーティング。
初めてTさんにお目にかかる。
温和な表情の方だけれど
時折鋭い目つきで見られて緊張する。
おそらく
一つの場所に留まらずに
外へ外へ出て行くパワフルさが
人間の表情にも現れるのだろう。

「考える事をやめたら成長は無いんです。」
「諦めてしまえばそれまでなんです。
 だから多少のノイローゼがある方が
 面白いんです。」

期待と不安が
頭の中で入り交じる。
しかし、今は飛び込んでみる事が
いくつかの選択肢の中で
一番面白そうだというのがFirst impression。
それを信じる事にした。

渋谷のTOWAに行く。
不思議な事に
はじめて来たのだけれど
安そうな生地が思いのほかある。
取りあえず自分用に白生地を買う。

五反田に戻り仕事にでる。
なかなかタイミングが計れなかったけれど
取りあえず上司に辞める事を伝える。

多分僕の今の行動は
この世で二人しか理解出来ないと思う。
それは仕様がないことだと言う事も分かる。
だって自分自身も
100%は理解出来ていないから。
しかしそれでもいい。
自分に賭ける機会と
やっと巡り会えたのだから
ここぞとばかりに飲み込むしか無い。
マズければはけばいい。

昔、岡本太郎は乾杯の音頭で
「この酒には毒が入っていると思って飲め。乾杯。」
と言ったらしい。
全く訳が分からなかったけれど、
今一番聞きたい台詞だと思う。

人間にも寿命というのがあるけれど
その命をどう使うかは
結局自分次第なんだと思う。
すべての出来事が自分次第だと思えば
何だか恐ろしいようで
ちょっと楽しい。
そう感じれるから
まず飛ぶ込んでみる事にした。


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2007年9月13日 (木)

シールとチョコ

頃合いを見計らう事が
非常に苦手です。
ついつい先へ眼がいってしまって
今の手元に何があるのか
見失ってしまいます。

何事にも時期というのが
あるらしく
早くても遅すぎても
良くないようです。
僕も人によく言われます。
大抵の場合
何かを諦めさせられる時に言われています。

でもねぇ、
何か釈然としないのです。
言われる時には
何にもやっていない時に言われるので
不完全燃焼ですら無く
エンジンもかかっていないので
勢いだけが気化していて
点火出来ないまどろっこしさに
悶々としてしまいます。

こちとらグレイトな両親のおかげで
それなりのモラルと良識は持っているつもり。
勝手にやらせてくれよ。

誰かの為にやってるわけじゃない。
自分の為にやっている。
でもそれは
回り回って貴方の為になると思って
今話しているわけで
どうでも良かったら
話してないから。

SIONが歌ってる。
"始めたら始まりさ。
 早すぎても無い。
  遅すぎても無い。
   何度目でも始めたら始まりさ。"

その通りだと思います。
とにかくやってみます。
文句は言ってくれてもいいです。
でも、それをどう受け入れるかは
僕の選択肢であって貴方の選択肢ではない。

予定調和のタイミングなんて
何にもならない。
後から振り返ってついて来る
オマケみたいなもんでしょ。

僕はビックリマンチョコを
シール欲しさに買った事はないし、
箱買いしてチョコを捨てた事は無い。
多分それって今にも繋がっていると思う。
そんな糞ガキでは無かったわけです。

でもそんな糞ガキは
僕の世代の前後には多数いたし、
それを唱った年上の世代は未だにいるから
覚悟は決めます。

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2007年9月11日 (火)

VS Lynch

おとといの話ですが
恵比寿に映画を見に行きました。
"INLAND EMPIRE"
小学生の頃に
友達の湯ノ川に教えてもらった
"Twin Peaks"から
David Lynchは僕のアイドルなんだけれど
今回の映画はとんでもなく分からない。
あの人の頭の中には
何が住んでいるのでしょうか。
いろいろ思う所はありますが、
あの内容を3時間に編集して
公開してしまうところがすごく怖い。
それでもその都度のひらめきを
ただただ撮りためて
出してしまう所は凄く信頼できる。
無駄に伏線を張り巡らせるより
よっぽどいい。

それにしても、
とにかく分からない。
わからないから気になる。
プレスリリースには
分からない事がリンチを理解したってこと
みたいな事を書いていたけれど
そんな事本気で思っている人間が
作品を世に出すわけねーだろ。
なんかあるんだろうなぁ。
そうしないとやってられないモノが。

たぶんまた見に行くかもしれません。
3時間の異種格闘技。
いやこれこそ王道の格闘技か。

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2007年9月10日 (月)

やけ酒の理由

NO!!!
我が人生50本の指に入る失敗をした。

昨年大竹伸朗の個展を見て、
見た人は分かると思うけれど
もうやられてしまったわけです。
文献を読み、自分も切り貼りをし、
挙げ句宇和島にも行ってしまったわけです。
その一個一個に奇妙な感動を
持ってしまいました。

他方で
僕はF1のファンでもあります。
3年前に当時HONDAのチームで走る
佐藤琢磨を見て以来
ハマってしまった。
あの突っ込みかたや
個人の思いに
応援せずにはいられなかったわけです。
昨日はイタリアGPの放送日だったので
楽しみにしてました。

しかしですね、
弟がmailで教えてくれたのだけれど
昨日は情熱大陸という番組もあったわけで
昨日の特集が大竹伸朗さんだったわけで
時間がかぶってたわけです。

F1も凄く好きなんだけれど
大竹さんは好きとかじゃなくて
僕にはNEWSな人のわけで
見逃さないわけにはいかない
出来事なんですが、
悩んだ挙げ句に
情熱大陸の後に
途中からだけれど
F1が録画出来るようにしました。

結果なんですが
家に帰ってみると
ガッツリF1だけが録画されていました。
何処にも一切情熱大陸が入っていません。

グワッシュ!

自身の失態に呆れ
寝酒がやけ酒にかわり
まったくやりきれない。

情熱大陸の再放送はないのだろうか。
身近な誰かは録画してないだろうか。
あ〜〜。

仕方が無いので
何処かの誰かが
youtubeにアップしてくれる事を
待つ事にします。
オダギリジョーも良いけれど
大竹さんも良いから
誰かアップしてほしい。

今日もやけ酒が続きます。

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2007年9月 9日 (日)

my ところどころ

あまり同じ道を通ると
ついつい道順をはずしてしまい、
自分が今何処にいるか
分からなくなる習慣があるのだけれど
余裕が無い時には
そうも言ってられないので
昨日と同じ道を通る。

昨日は青山ブックセンターにて
"here and there vol.7"
の発売記念のブックフェアと
トークショウに行く。

ADの服部さんは
伏し目がちで
奇妙に伸びたボサボサの髪と
相まって
アンニュイに飄々と
佇んでいるけれど
時折鋭い事を言ってしまう
ちょっと気になる人だった。

いろいろなメディアが増えた中で
どうして紙を使ったジンの形態に
こだわりがあるのか気になったけれど
それはそれで
大事に作っている雰囲気が伝わるので
どうでも良いかも、と思えてしまう。

mic checkが気になったけれど
自分は落書きをしてたり
気になった言葉を書き記したりして
それなりに面白く聞けた。

終了後はABCの中を散策して
渋谷に行きスニーカーを買う。
今まで買ったことは無いけれど
カートコバーンの事もあるし
新しいジャックパーセルを買ってみた。
やはりオリジナルは作りが良いし
何より安い。

意気揚々と帰りがけに
ペダルが女の人の足にhitしてしまう。
申し訳ないと思いつつ
人が多いなぁとも思う。
誰も自転車を注意してみてくれない。
そういえば来る途中でも
車のサイドミラーにハンドルが擦って
クラクションならされたッけ。
車も多いんですよ。

偶然路地裏でチャミさんに遭遇。
凄い久しぶりに会ったけれど
凄く人当たり良く接してくれたので
気分が盛り上がった。

渋谷、代官山、目黒と駆け抜け
家路に着く。
汗を一杯かく。
五月changに飲みの誘いを受けたけれど
時間が合わなかった為に
仕事に出かける。

そうこうしているうちに
時間は随分進み、
何にも期待は無かったけれど
不思議と大なり小なりの発見が
自分の生活の中に入り込む。

出来る事なら全てを覚えておきたい。
違った角度からそれらを眺めれば
何か違った事にも気付く予感が残る。
日常の中には奇妙に発見とあきらめが
複雑に入り組んでいるモノかも知れない。

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2007年9月 8日 (土)

修練

さっさと終わらせようと
考えていた事が
思いのほか時間がかかり
ヤキモキした午後。

雨水に洗われたチャリに
油を注すと
機嫌が良さそうに
スーッと進んでくれる。
スーッと、スーッと。

多分これが僕に最後かなと思い
discipline会を拝聴しに原宿へ。
改築中の公民館は
どことなく学校のよう。
2階からブツブツと
お経の様な声が聞こえて来る。

外から見た今の日本の現状と
世界の状況の指摘、評論。
10年前と変わらない辛辣なコメント。
ただ少し疲れていらっしゃる感じが
僕の心境にも響いてきた。
10年経っても30年経っても
変化の無い状況に
もがきを抜けて途方に暮れてしまうのは
人間だから仕方が無い事かもしれない。

それでも
個人の熱意と生意気さで
時間を使う事が
最初の一歩であり
最終的な贅沢さに繋がるのかも知れない。

何を持って
幸せに生きたと考えるのかは
人それぞれに違いは無いけれど
独りの孤独感をどう払拭出来るのか。

今回は聞きたかったことがあったのだけれど
結局は聞かなかった。
言葉の意味合いを問いかけるより
最近の情報をえるより
もった先にすべき
優先事項があるように思う。

ほんのり寂しい感じで外にでる。
台風が過ぎてもジメジメした空気に
体中から涙が出るようで、
路上に座って缶コーヒーを飲んだ。
ちょっと甘くて舌に残る。
それが気持ち悪くて
工事中で車両規制のかかった
明治通りを必死で走った。
赤い警告灯が連なって
一本のラインに見えた。

それが何処へ向かう滑走路なのか
まだ分からない。


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2007年9月 7日 (金)

HARRICANE,CYCLONE,TYPHOON

男子であれば台風の上陸に
少なからずワクワクするはず。
イヤ、女子もそうなのか?

もの凄い豪雨と風に
窓の外はエラい事になっていたけれど
それを見て
「今日帰れるのかな」
「横浜方面の電車が止まってるらしい」
「お母さんが泊まってきたらだって」
などと眼をキラメカセて話していた。
地震などの天災と違って
台風には予兆の時間が長い分
来るぞ、来るぞ、来るぞ、・・・・来たぁー、
って気分になってしまう。

被害を受けた人には最悪の事態だし
そもそもの原因には
自分たちの要因もあるわけで
不謹慎な面も多々あるけれど
生き物である以上
何かしらの危機感を感じた時には
体の中で疼く躍動的なものが
始まってしまう。
地震の前の犬の遠吠えとかと同じで。

午前三時に外に出てみた。
風が雨を横から運んでくる。
ビル風と相まって
地層では激しい気流が渦巻いていた。
入道雲の中ってあんな感じなのかしら。

落ち着かない感じもあったけれど
どこか体が軽かった。
集中力が高まっていたわけじゃないけれど
何かが起こればすぐに対応できそうな
フロー状態と言えば良いのか。

暫くたって
小雨の中自転車で走る。
風はまだ強い。
気を抜けばハンドルを
持って行かれそうだった。
おかげで傘を一つ潰してしまった。
びしょ濡れの中で憂すら笑いをする。

そういう自分が
少し諦めにも似た感情で
凄く人間っぽいと思ってしまった。


関係ないと思うけれど
HARRICANEとHARDCOREって
似てる気がする。

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2007年9月 6日 (木)

リンク・リンク・リンク

もう、台風うるさい。
換気の悪い僕の部屋は
湿気でムンムンしていて
中学の部室のような有様。
エアコン使わないので、
当然寝れない為
やっと見損なっていた
"不都合な真実"を見る事にした。
映画には旬の頃合いやブームなどもあるけれど
エヴァ同様僕には関係ない。
見たいときが見れる時である。

一つの訴えたい事の為の
多種多様な事例の収集は
アメリカ人の伝統的なプレゼン能力なのだろう。
丁寧な分かりやすさと
その笑顔の裏に
真逆の切迫感を感じられる。
ハリケーンの話になった時に
窓の外ではゴゥオーッと風が吹き荒れた。

感想は見た人と
あまり変わらないと思うので
書かないけれど
このドキュメンタリーを作った人たちは
凄くスマートですね。
あのテイストはマイケルムーアには無いし
投げかけて来る感じが
あとあとに響いて来る。
大統領選挙の前に見たら
どういう結果になったのでしょうか。

ITを全米に張り巡らせた人が
今環境問題に取り組んでいる。
そこが凄く興味がある。
父親が作った
全米の高速道路の弊害を
息子が払拭しようとしている。

世界規模と言われても
その場所に縁もゆかりも無ければ
実感出来ない事が
その実、つながっているなんて
興味深い構図だ。
何でもそういう事なんだろうなぁ。
関係ないと思っていても
何処かで何処かと繋がっているから
状況は変わり続けるんだろうなぁ。

今日の一歩がどう転がるのか、
分からなくても
誰かと話してでも進むしか無い。
今の台風も自分達だって関わっているンだし。

ご多分に漏れず、アル・ゴアさんに一票です。

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2007年9月 5日 (水)

頭の良さ=真剣さ

何度目かの外苑西通り。
自転車で通りすぎるには
生活の匂いや無機質な感じや
 奇麗な表面や汚れた裏側を
見る事が出来て
それだけで東京な感じがする。

木内君と昼飯会合。
学生時代のクラスメイト外島さんの働く
ロータスへ行く。

随分久しぶりで
フランスへのワーホリから帰ってきてから
初めて会う。
昔から男前な人だったけれど
その男がキッチンの中で
忙しくなく動いている。
それは本人だけが身につけた
型があって格好良い。

木内君とは
仕事の話やこれからの事
そして彼自身のヴィジョンの様なモノを
確認したくて話を聞かせてもらう。
僕が知らない間に
凄く状況は進んでいる。
自分自身の事は常々考えていたけれど
まわりの状況を見計らって
自分に絡めていく事が
足りなかった。
木内君の話す「頭がいい」
と言う言葉は
僕の中での「真剣さ」に
繋がっていると思う。

それにしても
僕はなんて話す事がヘタクソなんだろう。
言いたい事があっても
相手に分かるような話し方が
全然出来ない。
僕が話した事のどの程度が
彼の頭に入ったのか分からない。
そういう意味で考えると
五月changは
とても大きなアンテナを持っているなぁ。
もっともっと
いろんな多くの人と話をしないと。

場所を変えて
ヨタ話につき合ってもらい別れる。

その後六本木に向かい
21 21 DESIGN SIGHTに行く。
5日まで行われていた
海外でデザインの勉強をしていた人たちの
合同展示会を見る。

映像、写真、着用時などで
その服の見え方は
全く違ったものになるけれど
インスタレーションで見る場も
やはり違う。

とても繊細なものから
強靭なプッシュがあるモノまで
よく分からないモノもある。
個人的には
大きな額縁を使っていた展示と
外国の人が作っていたスペースの作品が
気にかかる。
名のある学校で
必死に勉強してきた人等が
いざ東京でどう動くのかは
少なからず気になる。

外はジメジメと台風の気配があり、
その場の人々が
殆ど中国人か韓国人と言う事もあり
どんどん鬱蒼とした空気が
自分の中に入って来る。

混迷してるのは僕だけでは無い。
今の東京事態がゴチャゴチャしている。
それでも進むために
ここでも「頭の良さ」=「真剣さ」が
必要になってくるのだと思えた。

 

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2007年9月 4日 (火)

アリゴリズムフィリピン

佐藤雅彦さんについて
全然知らない人でも
ピタゴラスイッチを作った人と
言えばピントくるはず。

個人的にはピタゴラ装置
大好きで
TVでやっていると
ついつい見入ってしまう。
あの装置は何の生産性もないけれど
全く用途の違うものを集めて
一つのストーリーを作ってしまう
あのセンスに脱帽する。

またアルゴリズム体操も
ついつい見てしまうコーナーであったりする。
確かにアリゴリズムであり
体操にもなっている。
またキャスティングもハマっている。
毎回同じ動きなのに
なぜだか見てしまうあの吸引力。
大変好きな無意味さです。

昨日youtubeを見ていたら
凄まじい光景を見つけた。
Default
こいつは凄い。
フィリピンの囚人達が
乱れる事無く体操している。
あの歌にきっちりノッている。
こんなところが本当にあるのだろうか。

こんな所にまで広まっているアリゴリズム体操。
いずれ小学校の運動会にも
登場するようになるのだろうか。
それならばぜひ参加したい。
だってもう覚えてしまって
離れないのだから。

村上隆の博士論文のテーマは
"無味の無意味の意味"らしいけれど
普通簡単に見落とされ、消去される
無意味の解釈には
僕らが気付けなかった
しかし、確実に存在する
質感が漂っているようだ。

その質感をクリエイトして
一般に認識させた
佐藤雅彦さんは
本物のクリエイターだと思い
改めて尊敬しております。

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2007年9月 3日 (月)

ひし形の眼鏡の人

9月1日から
新しいエヴァンゲリオン
公開されたと言う事で
映画館に勤める友達は
今回の一日を恐れていた。

僕はと言えば10年の前のブームに
乗り遅れてしまった人間なのだけれど
ブームが過ぎ去った時期の
真夏の深夜に3夜連続で
TV放送された日から
毎年夏の暑い深夜に
エヴァを見る事を
しばらく続けていた。

しかし、今年は見るチャンスを作れなかった。
そのかわりでは無いけれど
さらに遡って
"不思議の海のナディア"を見終わった。
僕はリアルタイムで見ていた世代で
NHKのアニメの中では
凄く好きだったアニメなのだけれど
改めて見直すとこれが凄い。

3話くらいで早速人が殺されるし、
"ドラえもん"の静香嬢の数倍
キャラの裸体が出て来る。
そして過剰な程の自己嫌悪の連続。
次回予告のナレーションじゃないけれど
「何を考えて生きているのでしょう」
エヴァのシンジ君は
昔ナディアだったのか?
90年に庵野監督のスタイルは
出来上がっていたんだなぁ。
しかもあのスタイルを
NHKでやっていた事が凄い。

随分昔に初台のファミマで庵野監督を見かけた。
全身黒でムックリしていて
あの独特なひし形の眼鏡をしていた。

10年たった今、
どうして新しい劇場作品を作ったのだろうか。
たぶん人には伝えず
こっそり見に行くと思います。




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2007年9月 2日 (日)

白黒つけたがる。

特別根拠も無く
僕は人と争わない人間だと思っていた。
叔父には
「あいつは騙される事はあっても、
 騙す事はしない奴だ。」
と言われ、母親からは
「あんたは不器用な子やね。」
とあきれ顔で言われていたので
「あ〜、それで良いんだな。」
と勝手に思っていた。
争いごとよりも
誰もいない所に行く方が
気持ち良かったので
それでイイと思っていた。

ところが最近オセロにハマってしまった。

たかがゲームである。
白黒を挟んでひっくり返すゲームである。
授業中に先生の眼を盗んで
秘密裏に行われていたゲームである。

きっかけは五月changだった。
勝っていれば
そのまま通り抜けたであろう、その道で
僕はつまずいた。
負けたのである。

それからと言うもの
寝起きに一戦、就寝前に一戦と
勝手にノルマ的にこなしてきた。
しかし、勝てない。
レベル1でも勝てない。
やっと勝ってレベル2で対戦すると
一気に画面が一色に染まる。

こいつはかんなり手強い。
そして奥が深い。
いやむしろ僕が弱いだけか。
先が全く読めない。
こんなに想像力に乏しかったっけ?
そしてコンピューターと言う奴は
全く自我が無い。
ただただ計算のみで
次の一手を打ち込んで来る。

通常だと諦めてしまえば良いのだけれど
どういうわけか
今回はやり続けている。
悔しく思う事が快感にすらなりつつある。
どうした自分らしくない。
いや、これは仕方ない。
悔しいのだから、勝ちたいのだから。

こうして白と黒に翻弄されることが
最近の日課になっている。
他にやる事があるだろうに。


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2007年9月 1日 (土)

少年少女の夢

久しぶりに丸一日FREEになり
ヤン・シュヴァンクマイエルの展覧会を見に
ラフォーレ原宿に行く。
以前、葉山で行われていた展覧会には
行く事が出来なかったので
五月changを誘って出かけた。

五月changもDVDを集める程
シュヴァンクマイエルに興味を持っているので
誘えば断らないことは予想がついた。

今回は会場が
キッチュな若者の聖地だけに
来場者の雰囲気が
一般的な美術館のそれと異質で
ファッショナブルな感じで新鮮。
それでも200展の作品は
異質な存在感がアリアリとあり面白い。
個人的には代表的なものよりも
クレヨンの絵とか
エヴァのかなり多色使いの絵に
関心を持って行かれる。

シュールリアリズムに
特別関心は無いし
チェコでの発展の仕方も
詳しい知識は無いけれど、
この独特のキッチュな可愛らしさは
妙に心に残る。
ディテールの審美眼や
組み合わせのバランス感覚には
当然感服したのだけれど
どうにも西洋の文化の強度を感じてしまい
自分の中に親密さを感じるに
届かない。

その理由を考えると
大竹伸朗さんが立ち上がって来る。
ヤンさんやエヴァさんの切り貼りと
大竹さんの切り貼りが
全く真逆だからだと想像する。
ヤンさんのそれは
あるシステムに乗っ取って構成していることは
数枚見ただけで分かるのだけれど
大竹さんのそれはシステムが無い、
もしくは毎回壊している。


そこに風土の違いを発見するのだけれど
だからといって
今回の展示に
関心が持てなかったわけでは全く無く、
普段の僕の立ち位置と別の角度で
イマジネーションの世界を
覗く事が出来る
貴重な時間だったことに
変わりがない。

僕がこの作家に興味を持つのは
夢や想像力の表現の中に
どこか魔術的な匂いや
少年少女の純真さが入っているからだ。
現代の中で全く無視されている
しかし人間の原始的な思考のプロセスが
立ち上がっては消え、立ち上がっては消え
イヤらしい程に
僕らを引きつけるその引力に
やられてしまう。

確かに、
時代は進んだけれど
人は進化したのか、文化は進化したのか、
そう考えると面白い作品だった。

その後は原宿、渋谷を闊歩して
五月chang宅で
長崎のお土産、チャンポンと皿うどん
そして餃子を頂く。

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上手いです。見た目も味も。

近況やカメラの話やこれからの話をする。
結構最近は目まぐるしいんですよ。
やはりビールにやられてしまったけれど
前回途中で諦めた"20世紀少年"の
読破に挑んでみた。
"YAWARA"もそうだったけれど
一度ハマると抜け出せない浦沢ワールド。
結局貫徹になりました。

面白いモノに熱中して
時間を忘れてしまう。

好きな漫画を好きなだけ読みふける。
そういう事も少年少女の夢でしょ。

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2007年8月30日 (木)

新たにモヤモヤ

全く耳に入らない
携帯のアラームに取って代わり
不穏な着信音に起こされる。
飛び起きてからは
一気に時間が動き出した昨日の一日。

やや躊躇しながらも
木内君の呼び出しに答え
自転車を駆る。
久しぶりの外苑西通りは
暫くぶりの乱雑さに
懐かしさを感じる。

西麻布を抜け
青山墓地を横切り
ベルコモンズまでの道のりには
なみなみならぬ思い出が詰まっている。

外苑前でミーティング。
木内君、Oさんに
少し時間を作ってもらって
話を聞かせてもらう。

製造業の時給自足。
今の時代から自己完結に至るまでの準備。
それぞれの思考の遍歴。
日本人としてやるべき事。

プロの方との話は身にしみると共に
新しいモヤモヤが頭に生まれる。
一つ一つに納得するには
やはり経験が物を言うのだろう。

「江戸時代の川上、川下の文化は
 西洋のそれに比べて大変優れていた。
 それが戦後の敗戦国として
 西洋からの伝来品をありがたがるしか
 手段が無くなってしまった。」

「世界的なエコロジーの波の中で
 今は残る物を考えられない人は
 物を作ってはいけない時代になっている」

「日本人として日本の優れた文化風土を
 残す準備はしようと思います」

Oさんの経験知からの言葉に
関心と共感とモヤモヤが
頭の中で絡まり始める。

その後、バイト先の企業研修を受ける。
3回目の経験だけれど
ここの上層の人も
確実にプロの人たち。
奇妙なテンションの参加者達を
ひとえに束ね促して行く。
一つ一つのメソッドの裏側に
はっきりした裏付けがあり、
分かりやすく伝えて行く。

その場の妙にフレンドリーな雰囲気は別にして
何を伝えたいのか、
そしてどう伝えれば広がるのかを
きちんとシュミレートする姿勢は
ヌクヌクの立場の僕には
鋭く突き刺さってきた。
研修後は現場で働く事にした。

プロを垣間みる時間は
今の僕に鋭い刺激を与えてきた。
それが心地よいモノかは分からないけれど
どんなに親しみやすさがあろうとも
ある種の真剣さは非常に残る。

これに感化されるほど
僕は純真では無いけれど
それらの姿勢には
いくつかのバリエーションを
僕や隣の誰かに教えてくれるものだった。

多様なモヤモヤが立ちこめる
今の頭の中で
混乱が起きている。

でもねぇ。
ここでいい加減に過ごすと
とんでもないつけに襲われそう。
自分なりの踏ん切りをつけなくては
次の10年がやばいと思って
暫く過ごします。

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2007年8月29日 (水)

ボロボロの表紙

昔、小学校で
毎月配られる日記帳の表紙に
その時期の子供なら皆やるように
漫画の絵を書くのが楽しみだった。
"セイント星矢"とか"不思議の海のナディア"とか。
最初は模写から始まって
微妙に上手く描けると
友達から褒められた。
また描いた絵のチョイスに
その子の嗜好が現れて
僕はキャラクターよりも
俄然メカとか武器に偏って行く。

そのうち誰よりも
抜群に上手い(似ていると言う意味で)女の子が出て来た。
僕は何度も書き直していたので、
乏しい日記の内容とは別に
日記帳の表紙はボロボロになって行くのだけれど
その子の描く線は全く
書き直された線が無くて驚いた。
なんでそう出来るのか、
不思議に思いつつ自分も気をつけて
線を引いていた。
しかし、無理だった。

暫くしてその子は
トレイシングペーパーを使って
線をなぞって描いている事が分かった。
今思えばなんて事無いけれど
当時は「何じゃ、それは」と思い、
僕は躊躇無く真似をしてみた。

確かに似ている。
暫く写しまくった。
しかし、そのうち
描くというよりも写すと言う事に
飽きてしまった。
こぎれいな表紙に親は褒めたけれど
自分の中では何の熱も生まれなくなって
やめてしまった。
そして女の子に関心が行くようになる。

僕より絵の上手い新田君に
「それ薄紙で写したやろ」
と言われたことがショックだった。
バレた、という思いとは別に
こいつも表紙をボロボロにして
何度も何度も線を引く
偏屈な執着に熱を持っていたな、と
言う事に気付き
恥ずかしくなった。

思えばあれが自分の中で
初めて意識した間違いだったかも知れない。
トレペなど使わずに
そのまま見て描くと言うのを頑に続けていたら・・・、
そんな事を最近よく考える。




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2007年8月28日 (火)

モヤモヤの多発、嫌悪

ここに来てというか
今更ながら
気になる事が多い。
なんでそうなんだろう、と考えだすと
時間の感覚がcubeの部屋のように
スパーンッとズレて行く感覚だけはある。

モヤモヤと事に限って
丑三つ時に立ち上がってくるので
気がつけば
工事現場の作業が始まっていたりして
ううぁー、もうこんな時間
て事になってしまっている。

昨日は沢山活字を読んだ。
何人かと話もした。
それでも新しい霧が立ちこめて来たから厄介だ。
まわりの具体的な事柄に比べ
頭の中はますます抽象的になってきていて
実はイヤになって来ている。

これも自分が男だからか、
女の人はこういうときに
サッと必要なものだけ掴みとって
サクサク行ってしまうのだろうか。
羨ましい。見習わなくては。

どうも今の自分には
witにとんだ色気が必要だなぁ、
などと考えた所で
今すぐどうこうという訳でもないけれど
考えてしまう。

全く抽象的でイヤだ。

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2007年8月27日 (月)

2つの強度

正直葛藤があった。
数日前木内君から連絡が会った時、
会うべきか、会わないベキか、
会いたいのか、会いたくないのか、
僕の中では重々しく葛藤が渦巻いた。
考えてみれば最後に会った日から
今まで身を引いていた。
彼へのイメージが良すぎて
対当に接する事に無理があったからだった。

それでも木内君からの頼みだったと言う
一点の理由から
遅れて会いに行った。
久しぶりの対面だけど
会えば口元がにやりとしてしまった。

そこでの話は
今も検討中の為
blogには書かないけれど
凄く真剣さの伴った具体的な話だったので
思わず唸ってしまう。
今までの僕自身とこれからを
如何に繋げていくものか、
理想としてのイメージと具体的な事象の
狭間として何をするべきか、したいのか、
などを考えつつも、
全く別の次元で大竹さんがイメージされた。
真剣さといい加減さは隣り合わせだ。

唸るというのは
僕自身の強度が震えていることだと思う。
耐えれるのか、壊れてしまうのか
その見極めが頭の中で起こっている。

勿論それ以外の話題もあり
友達の話や最近の話やらが
交わされていたし
以前から行きたかったお店にも
行くはめになったので
揺れ幅は大きくはあっても
しっかり感じるモノになったけれど
そのズドーン、ズドーンと揺れる振り子は
すこぶる重かった。

目黒川を木内君のピストに乗って
シューッと走り抜けて
ムニョーっと叫んで
帰路に着く。

2、3日時間をもらった。
今が僕にとって
真剣さといい加減さの強度を試す時である。

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2007年8月26日 (日)

キテンFREEJAZZ

どうして敢えて"みなとみらい"
という名前にしたのか考えながら
電車に乗る。

横浜美術館で行われている
"森村泰昌 「美の教室、清聴せよ」展"
を見る為であり
この日は
茂木さんの講演が
行われていたからだ。

ぎりぎりの時間に着き
参加者満員のため
レクチャーホールには入れず
外のロビーで
テレビモニターで聞く事になった。
なんだかねぇ。
どうせ後日、
茂木さんのblogにアップされるのは
分かっているけれど
耳だけで知るのと、眼と耳で知るのでは
全く入って来るモノが違うので
しぶしぶだけど拝聴する。

選ばれた事で更新し残るモノ。
一番美しいモノは人の心の中にある。
自分の心の中にある感情のバリエーション。
「制約」からの恵み。

最近の講演の中でもかなりキックが聞いている。
改めて関心しつつ
生でない事に後悔する。

拝聴後に展示をみる。
様々な所で森村さんの作品を見て
知っていたように思っていたけれど
実際は全然違った印象。
自分の勝手なイメージを
軽く超えられてしまった。
美術館に教室を持ち込んだ事も良いアイデア。
作品の完成度とは裏腹に
展示の微妙に雑な所が
不思議と親近感が持てる。

本当にあったかどうか分からないけれど
"まねぶ"と言う言葉はやはり気になる。

真似る事は学ぶ事に繋がる。
反面、学びのないモノマネでは
価値がない。

今までは有名な絵画に成り代わる事が
森村さんのゴールなのかと思っていた。
しかし見る時間が過ぎるごとに
間違っている事に気付く。
モデルの絵画をきっかけとし
そこからイマジネーションを引き起こす事が
作品に深い奥行きを与えるわけで、
実際の細かいディテールは
狂気じみている程繊細で驚いた。

美術館を後にすると
茂木さんが足早に消える姿を見かけた。
すぐ近くに以前一緒に働いていた
同僚と言うか上司のいる店があったので
フラっと立ち寄る。

小館さんは元気そうだし
松本さんも良い意味で変わっていない。
同じ年でも働く女性は躍動してますね。

少し話した後で外に出ると
そこはもうとっくに
暗がりに包まれていた。

自分の将来の色は分からない。
それでもかき分けて行けば
何色かにはなるのかも知れない。
今は暗がりでもいい。
そこから始めた時が
いつでも何度目でもキテンになると
今は思い希望する。

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2007年8月24日 (金)

薮から棒に舞い上がる

ふと机の上を見ると
そこにはPC購入時の
ローンの契約書が
何やら存在感を示していた。
「もう良いんだよ、支払い終わったし」
などと眺めていると
名前の横に居住年数5年とある。
ムムム、長いな。
二回更新をして
尚もこのちっちゃくてかわいい兎小屋に
5年も住んでいるのか。

兎小屋も5年も住めば
物が増え、生活臭もしみ込んでしまった。
暗い狭いなどと言ってみても
しっかり我が家として存在感がある。

ここで我思う。
これからもここにいるのか?
ここは家賃もワーキングプア層に有り難い設定で
ある程度何処に行くにも便利で
外に出れば商店街もある。

でも何だか縛られてやしないか?
何処に行くにしても
ここに帰ってくる事を前提に考えるし、
荷物の量も五年前のトランク一個分からは
考えられない程増えている。
こいつらをどうするべきか。

このままでは生活だけでは無く
住居にまで埋没してしまいそうだわ。
いい加減何かしら準備をしなければと思い、
取りあえず携帯を手に取り
薮から棒な電話に困惑する友達をよそに
思いの丈を放出してみた。

個人的にはややすっきりとし
相手としては
「そう言われても、どうして欲しいってこと?」
的なモヤモヤが残るやり取りが続く。
全く迷惑な話だ。

契約書がピラピラとなびく。
二人の会話はフワフワと舞い上がって見えなくなった。

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2007年8月23日 (木)

雑誌2.0

この間本屋さんで
"OK FRED"と"TOKION"を買った。
時折パラパラ読んでいたのだけれど
この2つのカルチャー誌?は
全然ベクトルが違いますね。

いくつかのページには
本物の匂いがあるのだけれど
"TOKION"てちょっと如何わしさが後を引く。
「ホントかよ〜?」て
思っちゃう記事が毎回ある。
勿論キチンと取材してると思うけど、
何だか良く分からない疑惑を持ってしまう。
「そんなにキラキラピカピカな隣人いるかな」的な。

打って変わって
"OK FRED"は何処を読んでも
たいてい面白い。
前回の特集なんてまさにズバリだったし、
今回も面白い。

ここで言う"面白い"は
brand-newな感じじゃないのだけれど
something-newがあるわけで
これだけ物や情報が多い中で
新しいモノじゃ無くて
新しい価値観を見せると言うのは
とても今の感覚に合っていると思う。

毎回「これがイイですよ」「これがcoolですよ」
と手を変え、品を変えられても
もう僕らは信用しないわけで
今回は市川海老蔵vs板尾創路の対決も
板尾さんに一票を挙げる。

雑誌、情報誌の役割も
ちょっとづつ変わって来てるわけで
今の流れから雑誌2.0としよう。

かと言いつつ雑誌はやはり読むのだけれど
そこはやっぱり
ネットやTVでは味わえない
独特の質感みたいなモノに
影響を受けて来た最後の方の世代として
これからも手に取ってしまうと思う。

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2007年8月22日 (水)

秘湯、ダラダラ温泉

以前聞いた
大竹さんの話の中で
「俺は温泉に対抗する為にアートをやってる」
と言う言葉が
勿論一つのメタファーではあっても
前後の文脈から
妙に納得したように
思っていたのだけれど
実際この意味を考えてみると
すごくキワドくて
暫くずっと頭の片隅に残っている。

"温泉"という言葉に
一般的には
癒しやら憩いやら解放的な意味合いを
思い浮かべるのだけれど
それに対抗するとは
どういった見解を与えるものなんだろう。

先日のblogにも書いたけれど
平泉では温泉にも行った。

そこにはやはり
自分たち以外にもお客さんはいるわけで
その人達も色々な所から来て
それぞれの思惑があって
温泉に使っているわけで
玉袋長過ぎのじいちゃんも
入れ墨の兄ちゃんも
温泉に入る事が仕事ではないはず。

一口に温泉と言っても
大きく分けると
温泉付きの旅館に行く場合と
温泉だけの場合があり
テレビとかで取り上げられるのは
大抵が温泉付きの旅館である事が多い。

多くの場合は
温泉メインの場所でも
その他のスペースで過ごす時間が
圧倒的に長く
前途のどちらの場合でも
湯船に浸かっている時間より
ご飯を食べたり寝てみたりお酒を飲む時間に
時間は使われる。
しかし人が話す時は
温泉に行った事がメインになる。

実際に温泉地で行われている事は
旅館であれば話に花を咲かせ、
大衆的な所であれば
テレビの前で寝転がっているだけである。

つまりは何にも生産的な事はやっていない。
ダラダラしに行っている。

これが一般的な日本人に
良いイメージとして捉えられ
繰り返し行うべきことなら
これにどういった方法で対抗するのかは
俄然難しい課題になって来る。

ダラダラしたい願望に
どういったモノを対抗手段で持ち出すか。

旅館を満喫のような
ある種スタイリッシュな感覚を
求める人には
新しいスタイリッシュを提示すれば
いいのだろうけれど
それ以外のダラダラな感性に
何をぶつけるか、が
より刺激的な事に思える。

だってそんな感覚に
普通はどうこうしようなんて
思わないでしょ。

そんなポイントに気付く大竹さんって
やっぱり・・・。

何を持って面白いとするかの基準が
温泉って言うのは
僕ら日本人にとって
非常に単純で分かりやすい。

マニュアル好みの僕にとっては
良い基準になってます。

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平泉、四日目 最終日

結局のところ
平泉で迎えた朝は
全て早かった。
これは個人的には脅威であり
このダイナミクスが
どのように生まれたかは
よくわからない。
しかし、何かと寝坊する自分としては
何とか獲得したいモノだったりする。

予定としては昼ぐらいに
ゆっくり電車に揺られるつもり
だったけれど
旅は道ずれ合い方のSさんが
早くに出る都合があった為
時間差で見送られるのも
気が引けるので早めた。

別れ際は大切なので
不器用ながら
感謝の気持ちを
上野家の方々に伝える。
たった四日間だけれど
別れの瞬間はやはり苦手だ。

一緒に写真も撮らせてもらい
心残り無しと思っていた所
お父さんに
住所が書かれたメモを頂く。
「普段はこんなことはしないのだけれど、
 まぁ、年賀状でも送ってください」
感無量だった。

何者でも無い自分が
何が出来たかは分からない。
それでも何かしら
ここに残せたように思えた。
自分が前を向いて望んでいれば
ある種の偶然は必然になり得る。
そう思えるなら
前を向くしかないでしょ。

駅についてからは
時間が気になり話す言葉が浮かばない。
帰る、別れる、離れる
どれも心苦しさが感じる。
別れ際カイと少し話したけれど
たぶんお互い深い所に行けたように思う。
さようなら、平泉。
また来ます。

帰りの途中で仙台による。
ご当地の食材でも食べれれば良いかと
思っていたのだけれど
せっかくだから歩きたくなった。
何を思ったのか
いわゆる観光地一周のバスのチケットを
買ったのだけれど
2つ目のバス停で
一人降りてしまった。

仙台のデカイアーケードを
ふらふら歩いていたら
何となく目当ての場所に行き着く。
日本で一番マルタンを売っていた店。
学生の頃から
何度となく聞いていた店だったので
取りあえず立ち寄り
店員さんと喋る。
外に出て道行く人を観察する。

どうやら本当に
グローバルと言う道具は
都市と地方の格差を無くしてしまったよう。
東京のそれと変わらない
風景、人が普通にある。
ちょっと残念に思いながら
マグロカツ丼を頂いて電車に乗り込む。

後はひたすら電車に揺られるのみ。
結局夜の11時には家に帰って来た。
飛行機や新幹線のように
ひとたび乗り込むと
数時間で目的に着いてしまう感覚が嫌いで
電車に乗るようになったけれど
一日を移動に使ったところで
やはり感覚的には一瞬に感じてしまう。

一人家で佇んでしまう時間は
やはり心苦しく
思わず土産物を配りに出かけるのだけれど
結局四日前の感覚に
一気に戻ってしまった。

しかし数日であれ
旅をするのは楽しい。
体や頭に優しく作用する。
そこに出会いがあれば尚更である。
18切符はあと一日分残っている。
さぁ、これを何に使うか考えるのが
今の楽しみである。

なにはともあれ
平泉からは帰って来たけれど
五日目を始めようと思った。

とりあえず、クリア。

S

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2007年8月21日 (火)

平泉、三日目

三日目も朝が早い。
5時半には起床。
この日はカイとSさんと一緒に
毛越寺へ座禅をしに行く。

6時半に毛越寺内のユースホステルに到着すると
わらわらと30人程の観光客が
座禅体験に参加した。

最初は正直軽く見ていて
終わった後は何か軽快な感じを
体験出来るかなと思っていたけれど
実際は足を組む事も
背筋を伸ばす事も
手の印を保つ事も侭ならない。
邪念を捨てると言うけれど
こちとら足の痺れや
背中の苦痛でそれどころじゃない。
あの座禅をする時の
棒にもしばかれたが
何とかやりきった。
いや、すいません。
僕が甘く見てました。

その後、今回担当された
お坊さんと話していたら
この毛越寺は2000年に入ってから
改築されたらしいのだけれど
その時担当されたのが
プロフェッショナルにも登場した
宮大工・菊池恭二さんだと言う。
菊池さんの息子さんとこのお坊さんは
高校の同級生だと伺った。
急にググッと親近感が湧いて来た。

その後は上野家に戻り
午後から上野家お気に入りの温泉まで行く。
そこは冬場はスキー場になるという
山の頂き近くにある
絶景のスポットだった。
上野家のお父さんと二人で入ったのだけれど
最初こそ気まずかったが
思い切って話しかけてみた。

一人娘がパリで生活している事への思い、
社会に立ち向かう為の人生観、
何の為に収入をえるのか、
他人との付き合い方、

今後子供に望む事、
親と子の関係、
聞きたい事は
あらかじめ多くあったのだけれど
思いのほか深く話を伺う事が出来た。
「本人がここにいたらこうは話せないけれどね」
というお父さんに対し
僕も自分の父親と
こんな風に喋った事がないと共感した。

なんだかんだで
結局2時間ぐらい裸で話してしまい
お互い良い色になってしまった。
外に出ると女性陣は
とっくに出ていて
ラウンジで気持ち良さそうに寝ていた。
でも俺の方も気持ち良かったんだゼィ。

その後家に戻り
お母さんお手製のイカの煮物やら
仙台で買って来た伊達の牛タンなどを食べる。
その日も飲んだビールで
一気に眠気の世界に埋没。

カイは僕とお父さんが
風呂場で何を話していたのか
気になっていたのだけれど
そこは男と男のお話なので
全ては話せない。
しかしイイお父さんですよ。
多分お父さんにとっても
僕にとっても
自身の親や子供と話すシュミレーションになった。
凄く貴重な時間でした。

この日も様々に発見と対話のある
有意義な一日でした。



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2007年8月20日 (月)

日々発見する

何とか時間を作ったつもりが
前日に五月chang宅で
"20世紀少年"の読破を試みて
案の定、寝坊した上で
世田谷美術館へ行く。

19日が最終日の
"青山二郎の眼"をやっと見る。

普段から全く骨董と言うものに
馴染みは無いのだけれど
青山二郎という人がどういう思いで
目利きを行って来たのか発見する機会。

そこには
物本来の性質上、
道具とされるものが置かれていたのだけれど
そこにどういう美意識を
骨董愛好家の人が乗せてくるのか
以前から気になっていた。

一見すると
ただ器や壷、置物などがあるだけで
その作られた時代を想像するものの
それ以上の何かが
なかなか立ち上がってこなかった。
こまったなぁ、と思っているうちに
一つの小皿の前で立ち止まる。
詳しい成り立ちは事は分からないけれど
その皿に盛られた煮物を想像した。
旨そうに思えた。
次に別の皿にお惣菜を頭の中で
盛ってみた。
旨そうに思えた。

その盛られた器を前に
食べたい気持ちと見ていたい気持ちが
同時に立ち上がる。
実に旨そうでいて絵にもなる。
その葛藤の末に
それを食べてしまう。
その食材の旨さとは別に
後ろめたさを吹っ切った快感が
立ち上がって来る。

旨そうに思えない物も
何を盛ればいいか分からない物もある。
だけれど何かを盛ってみる事、
つまり使う事を想像すると
自然と気分が良くなって来た。
僕は日本酒を飲まない。
だけれどその徳利に酒を入れて
ぐい飲みにトクットクットクと注ぐ様を
想像すると何だかいい気分になる。

ああ、良いですね。

物・プロダクトというモノには
道具としての用途プラス
特別な価値を使う側が持ち合わせないと
残忍な人間は簡単に潰してしまう。
色気の有無により
同じ用途の道具も
上等にもくずにも扱われてしまう。
その色気を醸し出すため
作家は奮闘するのだけれど
そのモノに対する価値観は
受け手の数だけ違うもので
そこに如何に普遍性を持たせるかが難しい。

散々想像して
時間になったので外にでると
不思議とお腹も頭も満たされていた。

勿論今回だけで
骨董の良さが分かったわけではないし、
青山二郎の審美眼が理解出来たわけではない。
それでも自分なりの楽しみが
一つ発見出来たので
今日はそれだけ価値があったに違いない。

外は蝉の鳴き声がキリキリと響く。
短い命を必死にならしていた。
それに比べ僕は
なんて余裕のある生き物だろう。

この蝉の声を忘れずに
僕は日々を発見する。

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平泉、二日目

二日目は全くの晴天。
前日早い時間に寝たせいか
5時に起床。
上野家周辺を散歩する。

朝食後に
カイに平泉を案内してもらう。

こちらに来る前に
平泉について何も調べず
何も知らずに来たのだけれど
来年には世界遺産になるかならないか
と言う程に歴史が刻まれている町。
奥州藤原氏の宗教文化都市であり
義経が最後にたどり着いた都市であり
マルコポーロが黄金の国と言った都市である。

絢爛豪華な中尊寺、
雅な貴族文化に思いを馳せる毛越寺、
伝説を体現する達谷窟毘沙門堂などなど
平安、鎌倉文化の香りを
そのまま留めた歴史の町。

いわゆる日本史を眺めた時に
僕は京都や奈良などの空気を
思い出すのだけれど
こちらの空気は
それらと趣が少々違う。
それが何かと考えて行き着いた事は
皇族、貴族、武士と
その都市をまとめる人間が
移り変わった京都、奈良に比べ
こちらは最初からその終わりまで
貴族によって統治された点に独自性がある。
つまりは貴族が作ったcultureで
日本史の文脈から止まって残っている。

どこか雅で血の匂いがしない
空気と言うのが
平泉には残っているのは
そういう経緯があると思う。

人間は生きていく間に
それぞれの文脈を作り
編集していく生き物だけれど
最近考えていた
文脈をぶっ飛ばすという事に対する
一つの結果を
ひょんな所で見つけたように思う。
そういう事があり得ると言う事が
最大の報酬であった。

北陸と言っても
夏は夏らしく暑い。
この地に雪が降り積もるなど
想像出来ない程だった。
しかし、そこで暑さからくる
息苦しさのようなモノは感じなかった。
これも東京という文脈から
自分自身が離れたせいかも知れない。

夜は上野家にて
カイの子供時代の話などを聞かせてもらう。
彼女がいなければ
僕の20代前半は大きく変わっていたと思う程
影響を受けているので
その人物のルーツをたどるのは
些細なことでも面白い。
誰にでもあるルーツ。
社会的には関心をもたれないかも知れないけれど
僕には重要なルーツ。

やはりルーツは大切にした方がいい。
自分が何処から来て何処へ行くのか知る為に。

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2007年8月18日 (土)

平泉、一日目

実家の高松に帰るには
真っすぐ帰っても
18時間はかかるのだけれど
岩手の平泉は
寄り道をしても
時間程で行く事が出来る。
鈍行で。

旅の途中で
福島県の神俣と言う所で

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"あぶくま洞"と言う鍾乳洞に行く。
平均室温14℃の涼やかな空間は
まるでエイリアンの星のような
神秘的でグロテスクな世界。
同行したSさんと共に
わらわらと楽しめた。

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その中で短いモノを見つけたSさん
「あの短いやつは立派とは言えないけれど
 20センチあるとして
 1センチ育つのに
 70年から100年かかるから
 あれが人間の西暦と同じ長さなんだよね」
などと時折鋭い事を言う。

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確かに僕らは長い地球の営みと比較すると
ゾウリムシやアメーバのようなもの。
勘違いしてはいけない。

その後は
途中途中でお土産を買い、
平泉へ向かう。

今回は長年の友達カイのrootsを巡るのが
メインの目的なのだ。
平泉では
社会科が専門の元校長先生のお父さんと
国語が専門のお母さんを
紹介してもらい、
早速お父さんの自慢の家を案内してもらう。

現在パリ在住のカイとの
3人の住まいは
敷地が100坪庭が100坪の
大変大きな家だった。
その隅々まで
主であるお父さんの美意識が施されていた。

初日は午前中の疲れも有り
11時頃には寝てしまう。
もう忘れてしまったが
その日の夢は
結構良い夢を見たような気がする。

これが一日目。

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2007年8月14日 (火)

カイへと続く道

明日から来週明けまで
東北をまわって来ます。
その間blogのupは出来ません。

あ〜夏旅、お〜夏旅。

この道は何処へ続くのか。
それは
カイへと続く奥の細道。

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2007年8月13日 (月)

知ってる風景

田舎で育ったせいか
昔は自然が当たり前すぎて
その恩恵を感じずに育った。
時折実家に訪れる
従兄弟達が勇んで
カブトムシやクワガタを掴まえに出かけ
河川で水浴びをして
田んぼを走り回る光景を
不思議に思ってきた。

10代後半は
いよいよ虚無感さえ感じだし
高校をでると同時に
実家をでた。
多分この感覚も時代っぽいと思う。
今18なら別の事をする。

しかし、今何をしたいか考えると
大竹さんのビデオを見た影響もあるけれど
人工的な匂いのない
田舎というか辺境地に
頭の中が飛んで行く。
それは
癒されたい、
のんびりしたい、
とか言う考えではなく
今までに見て知っているけれど
見落としたモノを発掘するような感じ。

以前バイト先の人が
滝の話をしてくれた。
滝と言うのは取りあえず
都会ではなく辺境の地にあるわけで、
普段の付き合いからは
どっぷり現代っぽい人だと
思っていたのだけれど
そういう所に
わざわざ行って来たというのが
まず驚いた。
そして話をしているあいだ
多分頭の中でその時の感じを
思い出していたのだろう、
今までと違うちょっとキラッとした目で
話してくれた。

それは時間を作って
探して
見て
水しぶきを浴びて
水に手をつけて
体験した人にしか持てない
独特なニュアンスだと思う。

羨ましいと思った。

多分ねぇ、
そういう所で人間は
魂とか自分を振り返れるのだと思う。
以前に田植えに行ったとき
確かに初めていった場所だったけれど
自分の中の源風景を見たように思えたから。

夏は人間が影響を与えているとはいえ
自然の力を
暑さや雨や台風で
如実に感じてしまう。
そういう時期は
エアコン効かせて対抗しようにも
他人に迷惑かけるだけで
良い事はたいして無い。
こういう時は
自然の夏に飛び込んでみるのも
良いかも知れない。
どうせ暑いんだから。


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2007年8月12日 (日)

潰れるのか?

道ばたに座って休んでいると
そばにゴキブリが歩いていた。
不意に見つけると驚くけれど
自分から見つけに行ったようなものだから
驚くわけでもなく
場所を変えるわけでもない。

多分あんな感じでいれたら
隣の人とも上手く行くかも知れない。
その感じを生む為に
かなりの個人的事情を捨てるか忘れて
無我っぽい感じにならないと
隣の人に入り込んでもらう隙間が生まれない。

しかーし、
今は予定が立て込んできました。
まぁ自分のせいだけれど
ちょっと面倒な部類のモノが
今は溜まってきていて
ちょっと気がそっちに持って行かれてしまう。
2ヶ月越しの予定もあり
下手したら潰れるかもな?

だからと言って
なんとなーくなるわけでも無く
淡々とやっていくしか無いわけで
今日もなんとか頑張ります。

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2007年8月11日 (土)

ラジオのおばちゃん、スクワットのおっちゃん

タラタラ、汗がツーッと落ちた。

暑い暑いと思いつつ
ふと前を見上げると
仁王の間から
目黒不動の階段が見えた。

参宮が見えるか見えないかの
ぎりぎりな感じで
階段の左側に生える木が
くの字型に張り出している。
よく見ると
右側の木は対応するかのように
凹んでいる。
おかげで参宮の姿は
断片的にしか見る事が出来ない。

Photo_4


目黒不動の朝


そこには明らかな作為があるのだけれど
見えてるようで見えない感じが
その時の自分には良くて
暫くボーットした。

まわりにはラジオを抱えたおばちゃんや
スクワットの3分の1程
膝を曲げては伸ばすおっちゃんが
なんやかんやと朝から集まってきていた。
その日は特別な朝ではなかった。
毎日おっちゃんやおばちゃん達は
ここに集まって来ているのだ。

あおそらくドーンと存在感を放つ
森ビルや美術館やヒルズには
広場が会ったとしても
こんな風に
おっちゃんおばちゃんは集まらないだろう。
そこには何かがあるのは分かるけれど
よくわからない、よく見えないから
自分を投げ込める隙間を
神社は用意してるのですな。

見えてるようで見えない
隠しているようで隠しているモノを感じさせる
そんな感じが人を引きつけるのでしょうかね。
確かに繊細な感性が有りにけり。

でかい商業施設にも
ひとは集まるけれど
そこに行く人らは
誰かに行くように計られているでしょ。
こっちの人らは
誰にも行ってこい、なんて言われてないからね。
朝から暑いのに勝手に集まってる。

そんな人らのよりどころに
もっと隙間のあるモノを
新しいモノとして作らないと
自分がそういう歳になった時に
行く所がなくなってしまう。

ラジオから朝のニュースが流れている。

えーい、仕方が無い。
そろそろ用意しますか。

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2007年8月 9日 (木)

PURUPURU 2

丸一日腕がpurupuruしてます。
お肉のせいででは無く
筋肉のせいだと言っておきたい。

ちょっとのことで
腕のpurupuru感を感じてしまうと
スポーツ選手がジムトレをしている映像も
違った印象で見てしまう。
皆、潜在的にはMッ気バキバキなのかしら。

この間もネットでQちゃんの
走りを見て尊敬してしまった。
QちゃんがQちゃんたる所以は
やはりあるんですね。

今まであまりスポーツに関心は無く
どちらかというと
ゲームを楽しむ感覚だったのですが
いろんな箇所のpurupuruを感じる事を
仕事にしている人は
やはり相当のMッ気を感じます。
僕もMですが。

だからってQちゃんはないだろう。
身体的にも攻められて
言葉でも攻められて
それで笑顔なんて
どんだけMなんですか?

いや、そんな事はどうでもいい。
早くこの痛みを和らげる為に
鈴木君にプロテインでも貰おうかな。
現在考え中。
おそらく今週いっぱいは
全身のpurupuruを堪能します。


選手とコーチの関係って師弟関係+αがある気配がしませんか?

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2007年8月 8日 (水)

PURUPURU

受け取る内容としては
偏ったモノの方が
面白おかしく楽しめるのだけれど
最近は
自分自身が偏った人間に
近づきつつあるのか
バランスを気にするように
なってきました。

野球でいうなら
バコーンとかっ飛ばすホームランよりも
いつの間にかサイクルヒットみたいな。

三日坊主は意味が無いと
朝走るようにしてから
下半身の筋肉痛にも
ややなれて来ると
それはそれで心地よいというか
自己満足にいたるのですが
上半身が
あまり頑張ってくれてないなぁ、と
うすうす気付いてしまい
どうしたものか考え中。

僕は運動やスポーツに
お金を使う事に嫌悪があるので
バーベルやそれ系の道具を
買う頭は無く
(ビリーズはやるかも知れない、誰かのcopyで)
その辺のモノで
どうにか負荷を
上半身に与えたいのだけれど
如何せん知識が無い。

腕立て伏せは苦手なんです。
何か本気っぽい。
ここではあくまで
適度に軽快な感じが必要なんです。

とりあえず目黒不動の
裏の公園の鉄棒で
斜め懸垂をやってみた。

あぁ、本気で筋肉ないなぁ。
数回で上腕二頭筋からprupuruと悲鳴が。
あかんですよ。
腕は僕の大事な道具です。
今まで手入れを怠ってました。

どうやらですね、
下半身よりも上半身を鍛える方が
僕には必要らしいです。
このままでは誰かを
抱え上げることも出来ません。
それは何よりもいかん。



実は過酷でも見た目は軽快な上半身の鍛えかたないですか?

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2007年8月 7日 (火)

勘違いから後悔します

眠い、眠いと思いながら
外に出る。
最近のちょっと悩みが
寝たい時に眠れない事。
暑さのせいや生活サイクルに
原因があるのは明らかなのだけれど
なんとか改善しないと
体が持たない。

寝不足も含めて
最近は些細な後悔をいくつかしていて
些細だからなんとか出来ると思っていて
その為に
もうちょっと神経を尖らせて
自分の事やまわりの事に
注意を払うようにしてみる。

そうしていくと
いくつか発見があった。
僕は考えて話す時と
思いついた事を即時的に喋ることが
あるのだけれど
思いついた事を
言いたい衝動に耐えて
我慢すると
その半分位の事が
その状況に対して勘違いしている事に
気付く。

喋ってしまうと
喋っただけのつもりが
実は喋っている事を
自分自身も聞いていて
その事を元に
次の思考が立ち上がる。
そして行動に移るのだけれど
勘違いしていても
喋ってしまうと
それが正しいと自分で受け止めてしまう。

僕の場合は
そういう事から
場違いな間違いを犯して
後悔してきた。

自分を抑えると
まわりを気にしだす。
そうすると
他の誰が
今、何をしたがっているか分かる。
話したい人や動きたい人を
見付けてあげて
自分がするよりその人に
喋らせたり動いてもらった方が
大まかな括りの中で
潤滑な空気が生まれやすくなる。

そういう風になれば
自分の衝動を押さえていても
案外気持ちが良いもので
後悔が少ない。

あぁ、僕は異分子で不協和音だったのかしら。
俺が居ない方が上手く進むじゃないか、と
やや自虐的なってみても
いくつかのパートの中では
案外気分を傷つけないので
これも毎日のルーティンの
一つの抜け道になりますね。


自分を主張するのも押さえるのも同じ事でしょう?

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2007年8月 6日 (月)

路地裏の夢遊

考えてみると
一日の中で
仕事の間に休む時間が
一番脱力した時間。

人によっては
仕事の間と言うのは
次の仕事の為に
準備をする時間として
使うかも知れないけれど、
僕の場合は
完全に仕事がらみの事を
忘れている。

その間は別の時間の事を考えていたり、
逆に全く何も考えない放心状態だったりする。

その時間は
考えようによっては
休息の時間、切り替えの時間、準備の時間
であったり
無駄な時間、蛇足の時間
であったりするのだけれど
これが他の人もそうだと思うのだけれど
僕にはムチャクチャ大事な時間に
変わりはない。

以前は
その時間に人に会いたくなくて
本屋さんに逃げていたのだけれど
最近は
薄暗い路地裏で
座り込んでいる事が多い。

これには理由が色々あって
その一つに余計な情報を
頭に入れたくないという事や
普段は目に留めない
溢れる場所の発見だったりする。

その場に座り込んでいると
誰もいないし
何もおこらないのだけれど
なぜか集中力が高くなっていく感じがする。
それが心地よいのです。

そういう時に
あぁ、自分も路地裏の人間かと
何人かの先人達と自分を重ねて
酔ってしまう
魔法のような時間を
僕は持ってしまいました。

そういう、ある意味
自己陶酔系の気色の悪い質を
自分が持っている事を
僕はポジティブに捉える。
そういうスイッチを持つ事は
何かの惰性に流される場面で
切り替えがきかせる事が出来るからだ。

だから僕が路地裏で
座り込んで居るときは
邪魔をしないでほしい。
その時間のおかげで
今までより、
より良い僕を
貴方に見せる事ができるわけです。

あと路地裏で
道ばたに座り込んでいる人を見付けたら
怖がらないで下さい。
立っていたら
よからぬ考えを
持っているかも知れないけれど、
座っている人は
自分の世界に入っているので
貴方のことは見えていません。


路地裏に座り込むのは行儀が悪いだけだと一括して思っていませんか?

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2007年8月 5日 (日)

我を顧みない事

やっとのこと
弟にもらったNIKEのシューズを使ってみる。
数日前から
暑さのせいか眠れない日々が続き、
寝付けないわ、暑いわで
対策として
もう少し疲れた状態で
寝ることを考えていた。

なぜだか分からないが、
今日こそ走るか、と思い。
仕事の後モロモロを済ませ
外にでる。

意外と快調

結構走れるかも

抜いてしまえ

おっ汗が出てきた


暑い

ん、腰が痛い

膝も痛い

だるい

しんどい、しんどい

ぜーはー、ぜーはー

原チャがムカつく

あ、抜かれた。


結局のところ
至る所で歩いてしまう。
30分程走っていたけれど
次の電柱までがなかなかつらい。
あぁ、本当に体力落ちてんな。

家に戻って風呂に入っても
体の毛穴が広がりきって
汗が流れ落ち
息も上がったままで
落ち着かず。

ふと夏が苦手な理由がわかった。
人間の臭い、汗の臭い。
自分の臭いもヒドいモノだが、
人の臭いは不快というよりも
嗅いだ瞬間
その人の極めてプライベートな部分を
覗いてしまったような罪悪感があり
顔を背けてしまう。
夏はその状況が露呈する季節だからか。
自分も含め
みんな隠してるようで隠れてないから
恥ずかしさがダイレクト。

だからこそ
汗をかくのが目的で
一切を隠さず
タラタラ汗をかいて
走ったり、もしくは働くのは
キツいなりに何処か気持ちよいのだろう。
我を顧みない事への躍動。
今の段階ではまだまだ推測であり
経験値にはなってませんが。

これは誰もが行えるTRIPです。
はまる人ははまるかもなぁ。

とりあえず今は足が痛い。

これが習慣化するかは
まだ決めておりません。

今までの三日坊主はなんですか?

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2007年8月 4日 (土)

報酬の経過

その気になる、やる気になる為には
自発的な動機に対する
理由付けが必要だけれど、
不意に外から機会を得られれば
幸運かもしれない。

名を広げた学校の先生方の
大きな魅力は
それぞれの生徒に
その生徒独自の動機付けが
先生のよって生まれた点だと思う。
決して革新的な勉強法や
何かしらの抜け道を
伝授してきたのでは無い。

生徒本人の自主性に対し
自身が納得した理由を
得られたのだと思う。

僕らは
モノの道理がどうであれ
今までの経験から
その事に納得出来なければ
他の人には容易いことでも
自身が行うには難しい事が
多くある。

特にそれが
仕事の上では
そのような事例が
多くあるように思う。
より規模の大きい職場では
より複雑に発生する。

そこで
相手を納得させる事が
自分にとっても
相手にとっても
必要な行為になる。
理解や合意ではまだ甘い気がする。
どんな小さなことであれ
その事に前のめりになるには
その事に対する
余分な空白は
出来る限り小さく残すべきではないか。

その行為を目に見える形にしたのが
給与、対価、報酬
とされるモノのように思えた。

目に見えると言うのは
何よりも刺激がある。
そして言葉にしやすい。
だから相手にも伝えやすい。
嗅覚や味覚で感じたモノよりも
よっぽど雄弁に語る事が出来る。

さて
報酬を得た後は
どういう動きをするべきか。
実はそれが一番面倒な
問題かも知れないけれど
その後の経過はゆっくり観察してみるつもりだ。


今までの一番の報酬は何ですか?

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2007年8月 3日 (金)

夏の感覚

いつの間にか
夏休みが始まっていたことに
ちょっと驚く。
とは言っても
自分的にではなく
世の中的にであって
僕は夏休みをとれる状況ではない。
ワーキングプア真っ盛り。

ただもう夏のにおいが
昔のそれとは違って
なかなか感じにくくなってしまった。

何度も言うように
夏は暑くて苦手なのだけれど
夏の夜のにおいと言うのは
昔からなぜか興奮したもので
妙なジリジリ感と
ヌメッとした空気感に
突き動かされる事もある。

犯罪の話ではないです。

ここでは虫の声も
攻撃的な日差しも
日陰の不意な冷ややかな感触も
感じられなくなってしまい
いつしか夏が
感覚的に感じられなくなってしまった。

ただただスケジュールに
入ってしまっているだけ。

四季を感じるのが
日本の繊細さなら
その感性は
どんどん鈍感に鈍くなっている気がする。

これもグローバルな流れなら
個人として
少し距離をおいて
離れてしまいたい。


今年の花火は何処から誰と見ますか?

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2007年8月 2日 (木)

力強い個性=子供たち

たまたま休みだった五月changが
熊本土産の熊本ラーメンと一緒に
リトルブリテンのTシャツを持ってきてくれた。
気に入ったので早速着る事にした。

神保町に出向き
五月changが会社からパクってきた雑誌を
何処の古本屋なら高く買ってくれるか
推理しながら飛び込む。

その泡銭で昼ご飯を食べて
新宿へ行く。

1日だったので
1000円で映画が見れる素晴らしい日。
"それでも生きる子供たちへ"を選んだ。

元々は"underground"を撮った
エミール・クストリッツァに興味が持っていて
そこから何となく知っていた映画。

前日の徹夜が祟って
かなりの睡魔に一日中襲われていたので
最初の短編は
ところどころで寝てしまい
ハッキリとは覚えていません。
しかし
2つ目にエミールの短編が始まってから
一気に目が覚める。
その後は一話ごとに
感嘆をこぼす程
のめり込んで見てしまった。

あのねぇ。
この映画の企画は本当にイイ。
僕が知らない
世界の子供達に焦点を当てながら、
道徳観から似通った印象に
陥りやすいテーマの中で
それぞれの監督の持ち味が
キッチリ出ている。
その多様さがひとつの点に対して
異なる見方を示してくれている。

監督と言う仕事をする人間に
心から尊敬の念を持ってしまった。
本物の才能と言うモノを
目で見て取れてしまう映画だと思う。

日本人が同じテーマで映画を撮るなら
どういうモノを持って来るだろうか考える。
誰がこの企画に参加している監督と
同質のモノを提示出来るのか考える。

思い浮かべない。

それほど独創性とリアリティの狭間に
立っているのが
この映画であり、
参加した監督達なんだと思う。

「世界の恵まれない子供達の話」
と一括りにしたところで
その現状は
子供達一人一人違うと言う事。
そして彼らは
決して自分が
恵まれない子供だとは思っていない。
自分の現実が全てだという事に
気付かされた。

彼らには選択肢は無かった。
ほんの少しの良い事も
それ以外の悪い事も
全て大人達に
与えられてしまったモノ。
その現実の中で
必死に生きるしか無い
彼らの現状に
日本で育った人間として
多くを考えずにはいられない。

特にジョン・ウー監督の作品には
ベタな展開ながらも
近い将来日本にも訪れそうな世界に
不安感を持ってしまう。
決して他人事ではない。

それにしても
このオムニバスに登場する子供達は
なんて個性的なんだろう。
僕から見れば
悲惨極まりない世界で
みずみずしく、力強く生きている。
まさに大人でも挫けてしまう世界で
子供達は一つ一つの小さな幸せを
噛み締めるように進んで行く。
劇中のFavelaで生きる子供達の
あまりの強さに
心が濡れてしまった。

力強さとは
強靭な精神力だけでは無く
笑いや
純粋さや
ある種の無自覚さも
含まれて成り立つのだろう。

精神論ばかりの大人が
実際には
簡単に挫折してしまう理由が
不意にこの映画で分かった。

前提としての
"世界の子供達を知る"と言う
意義以外にも
「なぜ自分はだめなんだろう」と
考えてしまう
僕のような部類の人は
この映画を早く見た方がいい。
その理由の一つがこの映画の中にあると思う。


どの子供達が印象的に残りますか?



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2007年7月31日 (火)

二つのフェロモン

以前、養老猛司さんの本で
人間には好意と真逆のフェロモンがあると知った。
誰かを引きつけるフェロモンとは別に
他人を遠ざけるフェロモンも
人間は無自覚に出すらしい。
電車やエレベーターの中で
人間が臭うというのは
体臭と同様なモノが分泌しているらしい。

だからか僕もそういった場所をさける。
他人のフェロモンも自分のフェロモンも
出来るだけ感じない、感じさせないよう
気を配る。
少なくとも自分の環境を
快適に過ごす知恵のようなモノ。

ときどきそのバランスが崩壊することもある。

最近読んだ"プロフェッショナル仕事の流儀 7"で
奥山清行さんと徳岡邦夫さんは
一見真逆な環境の中で
仕事をされていた事が印象的だった。
一方で衝突を繰り返し
その中から新しいモノをつくる現場。
他方で上下関係の厳しさがない楽しさの中で
伝統を守り、解体する現場。
その二つの共通項を考えると
少なくともその理由の一つに
真剣さ、真面目さの姿勢に繋がる事は
そんなに難しく考えなくても分かる。

しかし、それを知ってはいても
実生活において実行する事には
ある程度の修練が必要なようだ。

楽だけなら何時でも誰でも出来る。
キャッキャしてノリでこなすことは簡単だ。
ただその結果の完成度は非常に低いし
その過程から得られるものは
せいぜい、
「誰々はノリがイイよねぇ」
「こうすれば暇潰しが出来るなぁ」
ぐらいだろう。つまらない。
そういう現場からはサクサク逃げ出してしまいたい。

人間に2種類のフェロモンがあるのなら
人をお互いに引きつけるフェロモンが
漂う現場を見つけたいし作りたい。
嗜好や興味や関心ごとが違っても
そこに真面目な真剣さがあれば、
自分にとっても他人にとっても
快適な環境は作れると希望します。


どうしてレンタルと販売の違いであそこまで質が違うのでしょうか?

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2007年7月30日 (月)

心に爆弾を

戦争に行きたくないし
どんな形であれ参加したくないので
参議院選の選挙に行く。
その時点で
天気はすこぶる良かった。暑かった。

その後銀座へ。
珍しく約束の時間より早く着いたので
三越の屋上に出てみる。
何にも無い。
年配の方がベンチで休んでいるだけ。
いつの間にか
雷と共に雨が降っていた。
凄く寂しい場所。
昔は百貨店の屋上と言えば
遊具があって動物がいて
子供が最も行きたがる場所だったのに
今は面影無し。
いつからあのように様変わりしたのだろう。

その後
紀さんと紀さんの友達のまりさんと合流。
後ろめたさを感じながらビニ傘を買う。

まずsomartaを見にRESTIRへ行く。
見たいブランドの服をチェックして
あーだこーだ喋る。
ここの店員さんはちょっと凄い。
何処から来て何処へ行くのか分からないけれど
頭の先から足の先までキッチリ決まっている。
一人で来なくて良かった。
多分あの空間の中で
無印のTシャツを着て
ウロウロしているのは自分くらいだろう。

その後BARBEYS N.Y 銀座に行く。
こちらは大衆的で入りやすかった。
こちらでもミーハー的に物色。
結局は何も買わずにネタにして喋るだけ。

そのあと喫茶店に入って
まりさんの話を聞く。
タイに行って織物の勉強をしたり
カンボジアで研修したりと
その時々の衝動を重んじる人のようだ。

でも話がなかなか噛み合ない。
あちらが才人でこちらが凡人なのか
よくよく意図が掴みきれない感じ。
それでもある意味、いい加減にミーハー的に
喋るのは楽だ。
多分自分の立場や経験を棚上げして
嗜好を中心に喋るからだろう。

その後まりさんと分かれて
紀さんと表参道に出てご飯を食べる。
簡単に今日の反省会をする。

もしかしたらそれぞれが
それぞれの学生時代を思い出して
それを再び味わおうとした一日だったのかも知れない。
ちょっとしたノスタルジーと
明日への気力を掴もうとしてたのかも。
たまにはそういうスパイスがあっても良いかもしれない。

しかし、今日そこから何か掴めたのか分からない。
奇妙な発散があったけれど
何か掴む事は出来たのかは不明。
おそらくここからは何も生まれない。
もっと表層的な事ではなく
本質的な事を出していく機会の方が
個人的にはキツくても自分の利になるように思う。
次回があるなら爆弾抱えて
切り込むことにしよう。
そうじゃないとなかなかキックが生まれなくて
話が中に浮いたまま漂流してしまう。
いつも心に爆弾を。
そういう事に気づいた一日でした。

昨日は友達とどんな話をしましたか?

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2007年7月29日 (日)

フルーツの王様

基本的にはお調子モンですが、
それなりに真面目でもある訳です。

ついに発売解禁になった
"ドリアンガールズ"

Dorian_main_2  

しばらくの間
その微妙な放送時間を
予約録画して見てたのですが、
やっと立て続けに見る事が出来ます。

たまに微妙に時間がずれて
放送がそのまんま録画枠から外れてたり
オチが録画出来なかったりして
一日の終わりに悔しい思いをしました。

町田さんも勿論、良いのですが
西から来た人間としては
松永さんのキャラが非常にオモロい。
DVD告知の連続前フリも良いです。

Little Britainなどのコメディに通じてます。
最近のコメディの中では凄く異質で
寝る前に見るには最高に良いかも。
これみて笑えない人とはお友達になれないなぁ。

Dorian_dvd_01_1

必ず見ましょう。

どの話が面白いと思えますか?

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2007年7月28日 (土)

手を取る二人

自分を標準と考えると
日々の生活の中で
ついつい見落としがちになる事がある。
一方では謙虚さに繋がるけれど
他方では鈍感になる事もある。

仕事中に
こちらを見据えながら
不動の姿勢で立っている若い女の人が居た。
それなりにやる事があったので
暫く気にしなかったが
いつまでたっても
その姿勢は変わらなかった。

ふと見てみると
その人は杖を持っている。
よくよく見ると
こちらを見ているようでいて
その実見えていない事が分かった。

急いで声を掛ける。
彼女は暫く一人で待たされていたのにも関わらず
謙虚に丁寧に話し始めた。
既に他のスタッフが対応していたらしいが
ちょっと待たせ過ぎだ。
大勢が行き交うこの空間の中で
一人待たされるのは僕ならイヤだ。
少なからず好機の目にさらされる。

スタッフ二人で彼女の探し物を探し出し
先に対応していた山野辺君に任せた。
やはり彼女はひとしきり
謙虚に感謝していたのが目に映る。

すると山野辺君は彼女の手をスッと取って
誘導していた。
なんだかその瞬間に
時間が止まったように感動したんです。
自分なら自然にそう出来たのか分からないんです。
少なからず人の手を取る事に
もしくは触れる事に
後ろめたさを感じてました。

その後は何だか早送りのように
時間が進んだけれど
二人が歩いている姿だけは
ゆっくりと進んでいました。
僕も彼の後を受けて対応したのだけれど
申し訳ない気持ちになってました。

あれこれ考えていても
実際に行動しなければ
結局はその人の為にはならない現場を
噛み締める。
彼女は最後まで謙虚に微笑みながら
帰っていきました。

なぜ彼女の存在をすぐに気づかなかったのか。
どうして手を取ることを恥ずかしいと思ったのか。
どうして山野辺君は自然に手を取れたのか。

そんな事を考えながら
彼女の要望は時間のかかるモノだったけれど、
対応した山野辺君の対応は
接客どうこうじゃ無くて
人として良かったと思う。

自分にとって当たり前のことが
他の人にとってはそうじゃなく、
自分に取っては良いと判断した事が
他人にとってはそうでもない事がある。

僕には後に引く思いが残ったけれど
彼女にとっては良かったのかも知れない。

もしかすると
二人にとってはたいした事では無いかも知れない。
しかし僕には大変な戒めになりました。
あの時の山野辺君と彼女の姿は
暫く忘れそうも無い。

他人に対してこれをしておけば確実に大丈夫だと言える事はありますか?

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2007年7月27日 (金)

夏の人

空気が暑い。
ムウァーッとした熱帯の空気の壁を
チャリでシュパーンと切り込む。
おかげで顔やら体に水分が溢れる。
イヤな季節だわ。
夏は苦手だ。特に都会の。
スーツ姿の働きマンを見るのもつらい。
よくジャケット着てネクタイ閉めれるな。
皆さんcoolbizなんでしょうか。
そんなに浸透してるのか。
もっと浸透してくれれば良い。
服のみじゃなく僕らの意識と環境も。

お昼に飯田橋のcanal cafeに出かける。
夏のプランを決めに
仙波さんに会いにいく。
この人は夏が好きな人だ。
冷えた室内に身を置きたいと思っていたけれど
着いたら
外のテラスでニコニコ夏模様を愛でていた。
夏の中で涼やかな人だ。

プランを決めるのも大事な用事だったけれど
それと同時に
この秋か冬に彼女はパリに行く事が
決まっているので
その経緯を聞きたかった。

彼女は無理が無い人だ。
勿論努力する場面は迎えつつも
ガメツくガッツク様子がない、
全くもって気持ちのよい人である。
そんな人が珍しく興奮してしまうような
一大転機を聞き逃す訳にはいかない。

話を聞いたら全くamazingな話だった。
amazingながらも日頃の積み重ねの結果が
奇遇と必然を呼び寄せたことがよくわかった。
流れが自然に自分に流れ込む。
そんなタイミング何だろう。

羨ましいし、凄いし、面白そう。
頑張れ仙波さん。頑張れ源さん。
いや、もう頑張ってるな。

暑い夏の日に
一見涼しく、実は熱く頑張る人は
素敵なモノです。
僕も暑いからこそ頑張ります。

誕生日おめでとう。


蒸し暑い日本の夏に必要なものは何ですか?

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2007年7月26日 (木)

一つのflow

子供の頃
学校の先生に
「人間は60分間の内、50分しか集中出来ない。
 だから学校の授業は50分なんだ。」
と言われて以来
そういうもんだと思って
今まで過ごしてきた。
だからか
体の体内時計が50分ごとに警笛をならす。
実際はガクンと落ちるようなモノでは無く、
なだらかな曲線状に
ゆっくり落ちていくように感じる。

そして落ちた後の数分間に
大抵の問題が生じるのです。
統計的に見ても自分には
この法則が正しく作用されている。
経験値からそれが分かるのだけれど
面倒なのは
それを他人には説明出来ないと言う事。

ただ昨日は
そのリズムが違っていた。
上がりもせず下がりもせず
一定の精神状態でいられた。
多分ミスも少なかったはず。

強いて言えば
頭の回転速度とは別に
声のテンッションが低くて
相手に言葉が伝わらなかったことか。
伝わらなかった所で
頭の中では次に行ってしまっているので
後戻りして説明が出来なかった。
これには後悔。

どうして一定の精神状態で
集中力が保てたのか考えると
そこに自発的な要因があるのではなく
その場の環境が
そう促していったように思えた。
これは僕にとっては
メッケモンのようなモノで
それを自分で作ってしまえば
いつでも何処でも
快適なflow状態が作れてしまうわけだ。

毎日様々で微妙で繊細な感情の起伏が
立ち上がっては消えていくけれど
一つのイメージを作りだすテクニックを
いくつか持ち合わせる事は
毎日の生活の中で必要な事だと思う。

昨日のそれは
なんとなーく覚えておく事にしよう。

最近、どんな時に適度な緊張感の中で集中しましたか?

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2007年7月25日 (水)

anytime,anywhwre

当然のように
未来を占うすべは
僕には無い。
そこで
占うと言うより伺うように
考えてみると
希望に満ちたよ言うよりも
不安に満ちた想像が立ち上ってしまう。

僕個人の事を含めて
家族や友達やそのまわりの人を含めて
そう思えてしまう。

何でも出来ると思っているうちは
何も言えないので
何でもやるようになってから
発言しようと思う。
その間の時間は3分以内。

"「ひきこもり国家」日本"を読み終える。
前回の"ヤバいぜっ!デジタル日本"に比べて
個人的には読みが進まなかった。
それは読む程に
ムラムラが頭の中に広がっていくからだ。
ちょっと恐ろしい気すらする。

全ての内容に
賛成するつもりはないけれど
やはり的確に的を得たもの言いは
あながち受け流すことを許してくれない。

僕の知り合いには
普段の生活が見えない人が多い。
会ったら会ったで
嘘の無い言葉を投げかけ合うけれど
実際の雰囲気やリズムのようなモノは
ともに現場に居なければ
掴み辛い人が多い。
その事は特別問題ないのだけれど
いつも思うのが
「この人たちに休みはあるのか」
と言う事である。

世間的な休日と言うのは
勿論作っているのだろうけれど
大事な友達程
時間を持て余している人は居ない。
皆それぞれの思う所を
攻めているように思う。

昔の人は公と個を分けた生活を
普通として過ごしていた。
本居宣長は
公には医者で個では国学者であったし、
伊藤若冲は
中年期中頃まで
青物問屋の主人をしながら絵を描いている。
今で言うなら
養老猛司さんは
解剖学者でありながら昆虫学者でもある。

その時はそれで良かった。
その時代の中で
最速の選択をしてきたのだと思う。
十分に見習う要素がいくつもある。

しかし
今の時代は過去のそれと違い
情報の流れが激流で
それに伴い物事の流れも激しくなってしまった。
実際その流れを僕は把握出来ていない。
個人が作った許容範囲の中で
熟孝を行える時間が少なくなってきた。
おそらく
公の自分も個の自分も
限られた時間の中で
混ざり合って混沌している。

その中で頭角が現れた人と言うのは
その混ざり具合が
絶妙なバランスを生み出せている人
なんだと思う。
ここで言う絶妙なバランスと言うのは
今の今だけに有効なバランスという事。
それはドンドン移り変わっていくモノ。

そんな物事だけでは無く
個人の意識さえも混ざり合っていく中で
昔見たお父さんのような
寝転んでTVでゴルフを見るような休日を
過ごしていて
その時々の時流を乗りこなす事は
想像に難しくない。
今も働く僕の父親自身も
そんなスタイルはとっくに超えてしまった。

考えようによるけれど
僕が持っていた休日のイメージは
もう使えない。
いつでもどこでも
働き休み遊ぶ。

そうしないと
今のスタイルの中で生まれた
モヤモヤは
到底消え去りそうも無いのです。

夏に休暇を取る予定の人はどんな過ごし方をするつもりですか?




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2007年7月24日 (火)

助平心

目が覚めて一時間後、
何人かに声をかけたものの
全員に断られて
結局一人でリトルモア地下へ行く。

木曜に毛皮族の"四姉妹"を見て
突き動かされるように
"おっぱいファミリー1、2、3"の追加公演。
日曜のお昼だからか
会場は満員でより一層狭く感じる。

リリックのように
"おっぱい"が被さってくる
ナンセンスコメディのような演目。
ユルくて無意味で畳み掛ける感じなんだけど
何かが隠されてる感じがする。
何だろう。
ニップレスで隠しつつも
おっぱいは出していたし、
性別を超えて衝動みたいなモノは
ほとばしっていたし、
さらけ出されているのだけれど
何かが裏にあるような感じがする。

あ、でも官能性って何かを隠す事で始まるからね。
これは正攻法だとは思いますよ。
助平な自分としては
その裏もやはり気になるわけで
改めて助平な自分を再確認した時間。

その後
出来るだけ人の少ない道を選んで
iPod片手に散歩する。
断ってきた人らに
どう報復を試みるか考えながら歩く。

夜はこれも多分僕の助平心から
働きに出かける。
思えばこの日の自分は
助平心に突き動かされた一日だったなぁ。


毛皮族の演劇に隠蔽されているモノが見つかりましたか?


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ニギニギする

土曜に新国立美術館の
"SKIN+BONES"展を見る。
午後から深井晃子さんのレクチャーを
聴衆して
再び展示を見る。
服の展示は何度か見てきたけれど
今回は建築が絡んであるので
それとなく頭をニギニギしてみた。

あんまり響かず。

建築をテーマにし
美術館のような箱でどう見せようとも
服と同じように
その建築物の中に入って見ないと
結局は本質が分からない。
グッゲンハイムやディズニーにしても
ビジュアルのみならば
雑誌やネット経由で
より詳細なディテールを見る事が出来る。
多分両方の本質を外した
周辺の諸々に
今回のコンセプトが成り立つのかしら。

他の来場者も
それが感じ取ったのか
結局は馴染み深いファッションの展示を
中心として見ていた。
建築の模型や製図を見るのは
建築を学ぶ学生くらいのモノ。

服も良いけど
それだけだともう飽きる。
CDGもyohjiも毎度同じ文脈で語られて
同じ所を何度も見られて
鬱陶しくなったりしないのかな。

テーマは10年前位から言われているものだし
この展覧会も巡回展だから
時差があるのは仕方がない。
しかし時間をかけた程のmush upは見られない。
深井さんの
歴史との結びつきを紐解く話は面白かった。

夜は五月changと平綿君と
念願のホルモン道場でホルモンを食べる。
センマイ旨い。
コブチャン旨い。
ハツモト旨い。
やっとの充足感に高揚。

今までの経緯がまるで違う3人の鼎談。
ここではなかなかキックが生まれなかったけれど
多分これから出るかもしれない。

遊んだ分は動かなければと
深夜に少しこず買い稼ぎに出かける。

建築と服を掛け合わせた理想的な形とはどのようなモノ?

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2007年7月20日 (金)

これが良い

弟からスニーカーを頂いたので
体力の衰えもやや感じるし
僕も走ろうかと思い
短パンを渋谷、原宿で見て回る。

何でもないペラッペラで
地味めのパンツを探すものの
意外に見つからない。
凝ったテキスタイルの物や
カーゴパンツみたいな物は
見付けやすいのだけれど
お目当ての
ペラッペラの生地のパンツは
どうやらニーズがないらしい。
スポーツ店に行けばあると思うけれど
スポーツモノの
あのデッカい名前のプリントが
イヤなんで眼中にない。
ペラッペラが良いのです。

結局見つからないので
細川さんと合流する。

先週のポツドールに続き
今回も細川さんナビのもと
昨日は毛皮族の軽演劇を見に行く。
ちょっとした待望の公演。

演出の都合上
エアコンを切られたリトルモアの地下で
濃厚なポタージュのような
演劇を見せて頂く。

F演目"四姉妹"
面白い。最初っからグイグイ持ってかれる。
この人たち演劇が好きなんだなぁ、と
自然に思えた。
何事も当人が楽しんでやっているモノを
見させてもらうと
気持ちのよいヴァイブが伝わってくる。
そこに力の抜けた程よい脱力感が広がると
あのような狭い現場では
グイグイと意識が持っていかれてしまう。

終演後細川さんと話していた時に
「あの人達はカッコいいな」
と言う事に気づいた。
今までの拙い演劇体験の中では
初めての感想だった。

タフでセンスの良い女たち。
やはり今は断然女の人が
カッコいい時代なのかしら。
あやかりたい。あやかりたい。

演劇に限らず
一見同じように括られたモノの中であっても
多様に雑多なモノがある方がいい。
虫のように複眼的に
それらを俯瞰する姿勢は必要だけれど
その中で
誤解を恐れず「私はこれが良い」と
決意する覚悟は
何かを人様に届ける人にとって
基本的な姿勢であり
また最終的に
それが全てなんだと思えた。

その後細川さんと喋りながら
ご飯を食べる。
場所柄賑やかなお店に入ってものの
細川さんと喋るときは
ある程度静かな場所を選ぶべきだと思った。

代々木公園を抜けて渋谷まで歩く。
暗がりの中やや冷えた空気が心地よい。
一人で歩くのなら
ただ寒いだけかも知れない。
誰と歩くか、それが重要なんです。

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2007年7月19日 (木)

天秤ゆらゆら

デリシャスウィートス熱に
暫し犯されながら
山田広野さんのDVDを見てしまう。
何だかドンドンアングラに
身を染めてしまいそう。
今夜は毛皮族だし。

見ていたいた映像に
とびきりのネタを見つけてしまい
随分興奮してしまったが
これが分かるのは
半径数メートルの人たちのみ かな。
「フィスト!フィスト!!」

最近読み出した
"引きこもり国家 日本/高城剛 著"
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を読んでいると
フムフムと思いながら
ジワジワとテンションが下がってきた。
凄く面白いのだけれど
自分をその世界に
なかなか投影出来ない。
たぶん読み続ければ
変わっていく予感があるけれど・・・。

社会の表も裏も
僕にとっては関係がない。
否、同じことだと思っている。
どちらも必要だし
どちらが無くとも他方は成立しない。
両方の文脈を体験しなければ
自分の存在なんて
確認出来ないんじゃないか?

普遍という天秤を
自分の中でゆらゆらさせる事が
今の個人的な姿勢らしい。
だからか最近は
偏りのある人を見ると
逆説的に注目してしまう。
そういう人が居るのは面白い。
ただただ尊敬の思いを描く。
自分はそうなり得ないからだと気づいたからだ。


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2007年7月17日 (火)

ユルくてハッとして妖しい

2時間程眠ってから
弟を品川まで送る。
あっという間に3日間が過ぎた。
話せた事と話せなかった事の
両方があるけれど
大輔はどう感じたんだろう。

新幹線の時間までに
お茶を飲み最後のお喋り。
話して行くうちに
身の回りのことから
頭の中のことに話が移る。

あーだこーだと言っていると
弟に鋭い一言を言われてしまった。
「ヌルいよ」
思わずハッとしてしまった。
今回弟が発した言葉で
一番キックが聞いていた。
なんかやっと大輔の言葉を聞いた気がする。

昼から紀さんに誘われて
御徒町へ初めて寄席に行く。
見ず知らずの人13人の中で
ちょっと気分が高揚。
五月changも参加したが
女性は浴衣が多かった。
どうやらこの時期は浴衣割引があるらしい。

組合ごとに演芸場があるらしく
僕らは鈴本演芸場に行く。
やや遅れて入ったのだけれど
お客さんもばっちり入っている。
どちらかと言えば
関西の笑いの方に馴染みがあるのだけれど
関東の古典と言うのも
独特な雰囲気と流れがあるようで新鮮。

爆笑と言うわけではなく
言葉に聞き入るように
静かに笑う。
そういう笑いもあっていいし、
少し笑いの幅みたいなものを感じた。

しかし寝不足のせいか
持ち込んだビールのせいか
ついつい睡魔に襲われた。
たぶん舞台からは丸見えだったと思う。
ちょっと後悔と反省をした。

その後は靖国の御霊祭りに向かう。
金曜に弟のリクエストで
すでに参拝していたのだけれど
休日と言う事もあり
参拝者がやたら多い。
ドクター中松が居る程である。

いろいろな屋台がある中で
ちょっと裏側に見世物小屋があった。
金曜から気になっていたのだけれど
今回は入ってみた。

デリシャスウィートスなるグループの
マジックショウと
蛇女 小雪太夫の蛇食いの二本立て。

Photo_21 Photo_20


最高です。
眠気が都合良く吹き飛びました。
この人たちちょっと気になる。
キッチュでレトロでハレンチ。
妖しくて真っすぐで正当な亜流。
しかも一回600円。
それぞれ交互に延々とパフォーミング。
良いモノを見せて頂きました。

いろいろあった一日だったけれど
こんな日本人らしい一日も
結構楽しいのでした。

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2007年7月16日 (月)

隣にブラックホール

おおぉ、今年初の台風体験と思いつつ
東大で行われている
"UBIQUITOUS MEDIA"内の
Exhibitionを見に行く。

以前講義を聞いていた
池上高志さんと渋谷慶一郎さんの
プロジェクト"Taylor Couette Flow"
を体験する為です。
一度解説を聞いていたのに
自分流の解釈しか出来ないのが
情けなく悔しいのだけれども
ここで着眼されているポイントが
凄く素敵なモノだと思います。

普段自分が
意識するモノとは別に
無意識なモノの存在に
思いを巡らす体験。
なぜ無意識なモノに無自覚だったのか、
また
無自覚だったモノが
どう自分の価値観の生成に
関わっているのか。
そういった事に意識的になる体験。

アリですよ。

他の作品もとても興味深い。
特に気になってしまったのが
児玉幸子さんの"Morpho Towers"。
その形容しがたい動きに
暫し見入ってしまい
そこからどんどん
イメージが沸き上がるようでした。

作品達の制作背景には
僕が計り知る事の無い
科学的知識の集積があるのだろうけれど
僕にはそれが全く分からないのです。

自分が慣れ親しんだ生活の中に
当たり前のように
ブラックホールがあり
その奥には別の次元があるようで
怖くなりました。
その存在に対してではなく
それを知らない事に対してです。

自分が「こんなもんかよ人生って」と
思っている
現状のシステムの原始には
壮大な知識と経験の積み重なりがあり、
その上で自分の生活を
勝手にやり始めてしまったことに対する
安直さがムクムクこみ上げて
恥ずかしくなってしまいました。

「あぁ〜、下手な事はいえません」

凄く狭いスペースの展示だけれど
最近の好き嫌いが優先されるモノの
溢れる中で
このようなコンセプトも理論も
キッチリまとまった作品を
目のあたりにするのは
とても特異な刺激になります。

一緒に行った五月changは
渋谷さんの音を聞いて
「怖くなった」
と言っていたので
あながち自分だけが
感じた事でもないようです。

つまらないだの、くだらないだの
言う前に
自分の隣にブラックホールを
置いてみてはどうだろうか。
気を抜けば引き込まれてしまうけれど
それぐらいの緊張感があるほうが
余計な事に捕われないで
良いかもしれない。

薄々考えていた事だけれど
優れたクリエイトっていうのは
日常の中にある
一見ありふれたモノを
違った側面から捉え直させる事が
表現を通して行えるって事なんだわ。

これで少しは
なんちゃっての輩に
惑わされないですむ基準が出来ました。


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2007年7月15日 (日)

色々なmode

弟が買ってきてくれた
クリスピークリームドーナッツ
を頂く。甘い。

以前新宿に立ち寄った際に
その行列を橋の途中まで
見かけたのだけれど
自分なら決して並ばない列だったので
噛み締めて頂く。
甘い。エルビスになりそうなほど。

渋谷に出かけて屋島に行く。
東京のうどんを弟に食べさせようと
ここでは並んでみたのだけれど
前に並んでいた
日本人二人、外国人一人の3人組が
片言の英語で話していたので
聞き耳を立てる。

うどんの説明は難しい。
作り方、だしの種類、うどんのこしの感覚。
さらにこの店には天ぷらがある。
ジャコ天はどう説明するのだろう。

こういう現場は緊張する。
日本に居ながらも
不思議と外国人modeが
本人の中に立ち上がる。
熱がこもりBody Languegeが大きくなる。
感嘆詞も増える。
「Oh,ya!」「Aha!」「Hey.Meeeeeen!」

しかし此処は日本である。
さらには地下のうどん屋である。
店にはレトロな玩具が並び、席は狭い。
相席上等。
隣ではスポーツ新聞を読むおじさんが
パスタではなく、うどんをすすっている。

おそらく当人達以上に僕は緊張した。
その片言でも英語で
話さざるを得ない現場を僕も体験している。
なるべく耳に入らないように
無理矢理弟に話しかける。
うどんどころではなくなった。

でもあの現場で一番
脳をフル回転させていたのは
あの二人だろう。
この時の感覚が何よりも
良い刺激となって
あの二人に残るのだろう。

そういう現場を馬鹿にしては行けない。
脳だけでは無く
魂も活性化されているはず。

その後観光スポットをうろうろする。
雨の日は辛い。
付き添いとはいえ
繁華街の人々をかき分けるのは
本当に辛い。
心が寒くなる。

五月-changに晩ご飯を用意してもらう。
そこでやっと一息つけた。
自分の感覚は
どうやらこちらを選ぶようである。
オセロを何年かぶりにやってみた。
一回も勝てなかった。
イカサマしても勝てなかった。
悔しかったけれども
寒くはないのです。

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陰の点

木曜日は母校に行く。
あまり気の進まない用事だったけれど
決心して行く。

その後細川さんと合流し
三鷹に向かう。
駅から然程離れた所に
そのきれいな会場はあった。
いよいよポツドールの舞台
"人間 ♥失格"である。

僕は人間失格は読んだ事が無い。
太宰治の作品を読んだ事が無い。
ある意味免疫無しの状態である。
岡村靖幸のような曲が大音量で鳴っていた。

始まる。

・・・

見終わった後、無言で外にでた。
前回の"激情"に比べて
今回は平然を装う事が出来たのが
自身のことながら
不思議な感じがした。

しかし頭の中では
激しく拒否反応が出ていた。
イサムのような人間は多分いる。
僕の知っている世界にも・・・。
その行動や結果に見覚えもある。

だけれどそっち側に行きたくはない。
自分と彼らは違うと思いたい。
でも何処かで
そうならない可能性は無い、
とは言いきれない怖さに襲われる。

心が浄化されたがっている。
細川さんと話しながらも
内心はしんどかった。
自分でも驚くほど
正直で幼い感情に覆われた。

公演中に時折笑いが起こった。
僕は全く笑っていなかった。
目を閉じてしまった箇所が
暴漢シーン以外にもあった。
見るに耐えなかったのかもしれないし、
受け入れる器が無かったのかもしれない。
むしろ両方だと思う。
自分達はイサムのケツ穴から飛び出した
カスのように思えてきた。

恐ろしかった。
そのリアルな危機に
自分の心が簡単に挫けそうで
必死に喋った。

「あれは僕の為に作ったのかと思いましたよ」
細川さんは言った。
凄いな、と思った。

心が揺れ動く事は
数が少ないなりに
今まで自分たちの中で続く
大切な作用の一つだと思うけれど
その過程は様々。
悲惨な体験。うれしい体験。
惨い体験。楽しい体験。
感情の働くパターンの数だけ
心がゆれるチャンスはある。

僕はその中でも
活力がわき上がるような
プラスのゆれを好み求めてる。
結果偽善であっても
人の為にという発想を
表出されたモノには含みたい。

荒んだ現代だと思うなら
逆転する結果を掴みたいと思う。

三浦さんの脚本、演出に対して
興味は確実に持っている。
しかしその作品から得たモノは
僕の考えの嗜好から
一番遠い所に片付けておきたいと
思ってます。

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2007年7月14日 (土)

山、動く。

朝から弟がやってきた。
随分久しぶりの上京で
やっと山が動いた、
という感じがする。

夜行バスで来たので
眠いのかと思っていたが
普通に眠れたらしく
元気である。
さすが山、些細な変化は関係ない様子。
僕は眠かった。

今回大輔のリクエストで
ホテルクラスカの近くの
"武蔵野"に蕎麦を食べに行く。
僕は知らなかった蕎麦屋さん。
お初なので
量を確認してせいろ二枚を頼む。
弟はせいろ一枚と納豆蕎麦を注文。
おいしい。
こしがいい、ツユが上手いは当たり前で
そこに居て
お茶を飲み蕎麦をすすっていくと
心と体が落ち着いて行く。
不協和音が一切ない静寂の上手さ。
納豆蕎麦を少しもらった。
ムムムッ、ムウォー。
次回から納豆蕎麦にします。
多分あのツユなら天ぷらも美味しいだろうな。
良い所を知りました。

中目黒まで徒歩で歩く。
道に迷いながら。
ムシムシした中、歩くのは本当にキツい。
酒屋さんで道を教えてもらう。
お店の人に道を聞くのが好きだ。
本来お客という立場から
一人の迷子になると
商いの人も対等に接してくれる。
知らない人でもご近所さんに見えてくる。
警察だとこうはいかない良い感じがある。

再び大輔のリクエストで
靖国に行き参拝する。
靖国が問題になる中で
その場所を知らないのはまずい
と思ったらしい。

新宿伊勢丹に案内して
僕は一人渋谷へ向かった。
"Sketches of FRANK GEHRY"
を見る。
楽しみにしていたのだけれど
やや歩き過ぎで
ついウトウトしてしまう。
後方からでかいイビキが聞こえてきた。
うるさいながら親近感があった。

観賞後合流して
近所のステーキ屋さんに向かう。
一日を振り返った話。
家族の話。昔の思い出話が出てくる。

夜に弟のいい加減あ髪を散髪。
失敗なような成功にいたる。
それは多分失敗なんだと思う。

Photo_22
その後狭い我が家で就寝。
山からイビキが聞こえてきた。
うるさいながら昔を思い出す。

今日は大輔の存在意外は
何にも特別な事をしてないし、
特別な事件もナーンにもない。
しかし、それでも良いかもしれない。

家族はそういうモノだと思っている。



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2007年7月13日 (金)

陽の点

新宿から久しぶりに中央線に乗る。
車窓から見える景色は
ちょっと懐かしいように
思えたけれど、
実際は確実に変化があるわけで
僕が単に懐かしく思いたかっただけかも知れない。
「いやいや、僕も東京を少しは知ってますよ」的な。

細川さんと三鷹で降りて歩いていると
"武蔵野手打ちうどん"なるモノを見つけた。
うどん好きの僕からすれば気になる佇まい。
親父さんらしき人が
番頭さんのように入り口の席で座って
道行く人と話している。
厨房には今のご主人が寡黙にうどんを茹でる。
女将さんがお客さんとニコニコ話している。
なんかいいなぁ。

昆布と豚肉で作られたツユは
意外とさっぱりしていて
モチモチのうどんは食べごたえがあって良い。
そして付け合わせのかき揚げが
サクサクと小気味良く
ツユにつけると味がしみ込みさらにおいしい。
奥では座敷で中学生が
友達とうどんをすすっている。
家族連れもいる。
何だか高松に戻ったような風景。
良かったです。

ポツドールの"人間 ♥失格"を見る。

その感想はもう少しまとまってからにして
五反田に戻る。

細川さんとチェゴヤに行く。
いろいろと話を聞かせてもらった。
細川さんに対してはどうも気を許してしまう。
不思議な感じだ。
まとまりがつかない話でも
いい加減な格好をつけて話が出来ない。
そういう人なのです。

マッコリが頭に回ってきたので
良い時間に帰ることになった。

一日の中には動いていれば
いろいろな事が重なるわけで
どちらだけで成り立ってくれない。
実際の昨日は
コントラストの効いた
だったのだけれど、
まず気持ちの良かった陽の点を
残す事にします。


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2007年7月12日 (木)

Think Five sence,Feel mind

月曜の美術解剖学を
空振りしてしまったけれど
掲示板で
"ヴェネチアビエンナーレ報告会"
なるモノを知った為
上野に向かう。

近所の本屋で
気になる表紙の本があったのだけれど

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それと
ヴェネチアに出典した
岡部昌生さんの作品が繋がったのは
やっと昨日のことで、
あの細菌のようなモノが
フロッタージュ(対象に紙などをあてて鉛筆などで擦り取る)
された
石や道路などという事を
初めて知った。

今までの経緯、
展示のコンセプト、
制作中のエピソード、
などの話を聞く。

とても真面目で実直な話から
自分と他者と歴史の関わりに
思いを巡らせた。

その対象に触れて感じることで
見る以上に何かを
思い起こさせる、
思いを込めることが出来るらしい。

先日見たプロフェッショナルでの
鬼師の方の話を思い出した。

僕らは実用性、便宜性を優先しがちで
見ただけで全てが分かったと
思ってしまう。
しかし、そこに何かしら
掴みきれていない
溢れてしまったモノが
実は様々にあったように思えてきた。

52回目のヴェネチアのセレクトコンセプトは
「五感で考え、心で感じる」

そこでは
五感の相互性を持った
もっと根源的なプロセスを経た上での
人間としての知性の表出を
岡部さんは見いだされたのだろう。

岡部さん自身は30年も前から
フロッタージュの制作を続けてられているわけで
ヴェネチアでのコンセプトが
追いかけてきた感も
あると思うけれど
その制作の意図に
普遍性があったからこそ
選ばれたという一面が必ずあるはず。

普遍性をないがしろにしては
届けたい思いも
届かない。

時間の都合で
最後まで聴衆出来なかったけれど
歴史と自分と隣の人を考える
チャンスを得られることが出来ました。

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2007年7月11日 (水)

おやじになるとは

ついに、と言うか
いよいよ、と言うのか
雨降りの季節のよう。
台風も近づいているらしいし
チャリがかわいそう。
いやいや乗りますけれど。

最近の必須事項として
背負い込んでしまった課題たちを
どのようにさっさと
下ろすかが肝のようです。

背負い込んじゃうんですよ。
そして
溜め込んじゃうんですよ。
そして
身動きが取れん。
否、取りたくないのかも。
でもそれじゃ行けない訳で・・・。

仙波さんも冬には渡仏するし
それまでに今の荷を片付けるのでしょう。
ちょっとショックというか
シゲキテキでした。

昨日読んだ記事の一節

「今の時代性というやつで、
 世間では先行きを失う若者たちが蔓延し、
 大人にならない子供たちが急増している。
 若い人はま"何者"にもなっていないからこそ、
 自分があらゆるものになれる可能性を
 留保していると思っている。
 逆にいうと、
 留保し続けたいから大人になれない。
 だから主人公たちも
 大人にならないことで自己実現を破壊させる。
 だから当然かれらは破滅するわけだけど。
 ・・・・・・・・
 僕はとっくの昔におやじになったけど、
 そうなることでつまり"何者"かになった。
 自分の一人娘と向き合うくらいに。
 だからこそ、
 そんな僕がお進めしたいのは、
 要するに生き始めてみればっていうことなんだよ。
 たしかに辛い目にもさんざん遭うでしょう。
 でも生きるに値する何かに必ず出会えることがある。
 それだけは信じられると思うんだ。」

痛いけれど響いたなぁ。

おやじになることで
何かを受け入れ諦めることもあるのかしら、
でもそっから湧き出た言葉が
自分の言葉だよなぁ。
なんだか余計な事ばかり喋ってきてたかも。
私欲のエネルゲンは
"何者"かになる為にのみ使うのがイイ。

まずは週末までに片付けます。
さてと、仕事仕事。

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2007年7月 9日 (月)

これが世間の空気です

眠る事で
前日の出来事の記憶が
程よく流れて
浄化されるらしいが
今は未だに悶々としています。

滅多に覗かない2ちゃんを
見てしまったのが良くない。
ちょっと調べものついでに
覗いていたのが悪かった。

今でも個人で名前を出さない人たちが
いろんな言葉を書き込んでいる。
中傷したいだけの人も
暇な人も
本人的には切実な人も
それぞれいるんでしょう。

その中の一人が
こんな書き込みをしていた。


世の中には年齢で制限する事実は明らかに存在する。
もう諦めなよ。
取り戻せないから。
その年齢までフリーターやってたことを反省するしかないね。

あなたは現実を受け止めなさ過ぎ。
わがまま言わずに大人になって、残りの人生をどう作っていくか考えたほうが良いよ。
人間、仕事で生活作れるほうが大事だから。

ふむふむ。そうだよにゃって、
何これ。

当たり前の事のように
書きはなっているけれど
この人は何を基準としたいんだ。
ていうか自分の基準と
世間との基準の移ろいがまるで無い。

どれ程の経験値から得た
どの様な結果から
こんな言い回しが出来るんだろう。
自分への不満を
匿名でまき散らすなよ。

何かに向かって
進む事が出来てる人なら
こんな事をあのような場所で
言ったりしないんじゃないのかな。

単純に勤勉な態度の無い
暇の成せる所業でしょ。

匿名性という囲いの中で
ようやく本音が言えるようになったと
思ってしまっている人たちの
思考てこういうことなんか。
じゃぁ、名前だせよ。
出したところで個人意見に変わりはないけれど
そんなに軽率に
「これが世間の空気です」
みたいに流しっぱなしにするなよ。

無責任でしょ。

・・・・・・・・・・・・

しかしながら
気になったということで
それには僕の中に入り込んでくる
何かが確実にあるのも事実。

クソッタレと思いつつも
どこかで
分かってきてますよ、と
考えている所があるのは
隠しようが無い。
だから未だに
悶々とにしてるんでしょうね。
そういう自分に自己嫌悪。

あ〜見るんじゃなかった。

僕はそこんところで
自身の鏡を隠蔽したくない。
私は現実主義者でござい、なんて
そこんところで言いたくない。

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2007年7月 8日 (日)

ちっちゃくPaddling

眠い、眠いと思っていても
何気にキッチリ
仕事が出来る時がある。
逆に
今日はアレしてコレして忙しいぬわ
と思っていても
突然睡魔に教われて
寝てしまう時がある。

以前の上司に
「本気度の問題」として
説き伏せられたが
それはそうとしても、
それ以外の何かもありそうな気配。

僕自身は
とても自分好きな思考があり
そこからの嗜好が
様々な事象に対して
影響を与えているように思える。
かいつまむと
自分にとって有益か否か。

しかし時として
そのジャッジは間違えもする訳で
その後の後悔は
なかなかの荒波になるわけです。

実際のところ
最近は自分にとって
無益な事なんて
あるのかしら、と。
全ての事には
大なり小なり面白い部分があって
それを見つけられないのは
自分の思考の巡りが足りないだけで
間違ったジャッジなのではないかしら、と
思うようになりました。

何だか広大な波の中に
自身が埋没していくように
感じてしまうのが
現在なのですが、
そんな中でも
何かしら面白いモノを掴んで
Paddlingを続けたいのです。

具体的なイメージが湧かなくても
ちっちゃく続けていれば
沈む事無く
流される事無く
ちょっとちょっと進んで行ける。

まだまだ後ろを見返す時期じゃ無いですねぇ。

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2007年7月 7日 (土)

話上手な人

雑誌、テレビ、Netなどで
僕がよくよく気になってしまう人の
共通点は
話が巧い人を見つけた時である。

僕が話下手で
ついつい余計な事を口走ってしまう
習慣があるせいか
話上手な人を見つけてしまうと
ついつい気持ちが
持っていかれてしまう。

以前PCに取り込んでいた
mp3のファイルを聞いていたら
思わず聞き入ってしまった。

渋谷慶一郎さんが
話をされていたのだけれど
曖昧な抽象が無く
語り口が軽快で小気味良い。
明快な言葉が
随分心地よい
刺激と情報を与えてくれる。

僕は現代音楽に関する知識が
(そもそも現代音楽って?)

微塵も無いけれど
その手のテーマは
話し手が
抽象的にしようと思えば
いくらでも抽象化に出来るし、
難解にしようと思えば
いくらでも難解になる代物である。


渋谷さんは
その起源から
現在に至るまでの過程を
独自の距離感を持って
捉えられていて
その枝葉を
具体的なサンプルを提示して
話されていた。
理想的な話の運び方に
ある意味うっとりしてしまった。

作品である音源はさらにうっとりである。
以前iTune storeで買った
ATAK010 filmachine phonics

010_jacket_1

チャリに乗っている時や
渋谷にいる時によく
聞いているのだけれど
凄い事になっています。

どう凄いかは説明しませんが・・・。

自分のイメージやアイデアを
相手に分かって貰いたいなら
相手に届くサンプルをキッチリ用意して
自分とサンプルを繋ぐ言葉を
いくつも持ってないと
関心すら持ってもらえないし、
分からなくとも
分かった気にさせる事も出来ないのですな。
なるほどねぇ。
精進しますので
もう少し我慢してください、菅原さん。

ところで最近、
巧いなぁと思う表現を
"キャッチー"って単語で言っているのですが
最近お仕事中に連発してたら
年下の子らに笑われました。
"キャッチー"って
今は死語なんでしょうか。

 

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2007年7月 5日 (木)

吸収・蓄積・表出のバランス

詰まるところ
今の僕の問題点の一つに
何でも詰め込むクセに
表出が少なすぎる
ということが多々あります。

オイシイモノを詰め込んで
悦に浸るのは快感なのですが、
どうもマズイモノも詰め込んでしまうようで
それらが溜まってくると
青春街道のニキビの様に
膨れ上がってしまうのです。

そうなると
もうそのニキビが四六時中
気になってしまい、
あげくの果てには
鬱に至ってしまいます。

いかん、いかん、と思いつつ
なかなか表出・発散出来ないのですが
この間は勝手が違った模様。

仕事場での一言から
悶々とした3時間を過ごしてしまい、
いつの間にか
悶々から怒りに移行してしまいました。

とりあえず今の状態は良くないと、
品行良性な僕には似つかわしくない状態だと、
そういう流れで
仕事終了の時間に表出に至りました。

危うく家に持ち帰りそうになりましたが
途中何人か同士の賛同もあり
思いのほか奇麗に表出できました。

いつ何時も下らない話しか出来ない、
モノを平気で足蹴りするような、
タバコを道ばたに投げ捨てる、
うわさ話で他人に迷惑をかけるような、
そんなモラルの無い人間に
モラルがどうのこうの言われたくない。

言いたいことがあるなら
直接言いにこいよ、と。
回りくどくすんなよ、と。

勿論、表出の際は
感情に流されない程度に
旺盛を効かせて伝えることを優先しますよ。
ガミガミ感情でモノを言うほど
経験値は低くないのでね。

マズイモノは
大輔がプチトマトを吐き出すように
その場で放出した方が
被害が広がらなくて良いですわ。

あとは
もうちょっと短時間で
理論整然と話がまとまるようしないとね。
まぁ、とりあえずニュートラルに戻りました。
あぁ、仕事したなぁ。

吸収・蓄積・表出のバランスは
きっちり守らないと体に悪い。
そしてやっぱり
ブスとデブは嫌いです。



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2007年7月 3日 (火)

霧深く手探りで

続けることで
自身の中にいくつかのメソッドの
ようなモノが立ち上がり
そこから新たに
見つめる立ち位置が生まれる。

何かを始めるというのは
究極的には
あらたなフィロッソフィーを
見つけるための
最初のステップなんだろう。

先週末は珍しく予定が重なった。

現代美術館に
マルレーネ・デュマス:ブロークン・ホワイト展
に五月changと出かける。
雑誌でセルフポートレイトを見て
すごく関心を持ってしまったのだけれど
運良く五月changが誘ってくれたので
行くことができた。

五月changも久しぶりとはいえ
大竹さんの回顧展の時に
よくよくつき合ってくれていたので
この会場の使い方もよくわかっている。
お弁当を頂く。

深く考えなくても
パッと目に入り込み
いつの間にか
頭の中に刷り込まれる作品群
いいなぁ。好きだなぁ。

会場は以前来た時よりも
女性の姿が圧倒的に多い。
カップルがいたとしても、
デートコースの一つというより
これを見に来た、これが見たかった
という感じがする。
それもいいなぁ。
こういう所で出会いたいですな。

カタログ2冊買って新宿へ。

田植えでお世話になった
原沢さんと詩changに誘われて
非戦を選ぶ演劇人の会の舞台を見る。
僕の母校にほど近い会場には
多くの人が詰めかけていた。

憲法9条にたいしては
以前ジャン・ユンカーマンの映画を見てから
関心を持って自分なりに勉強した。
(ちなみにその年の年賀状には手書きで9条全文を書いた)

内容としては
参議院選に向けての
政治的な立場の表明だったのかもしれない。
しかし難しい表現だったと思う。
話はいろいろな事実を織り交ぜながら
一つの方向へ導くものだったし、
中に笑いもあり、構成も良かった。

しかし参加者はどういった人たちなんだろう。
当然関心がある人たちには違いないが、
その多くは始めっから賛同者だったんじゃないか。
確かにタイトルに
「口べたなあなたへ・・・」
とあるけれど
もっと雑多な立ち位置の人たちにも
参加されるような現場に
したかったんじゃないかな。
笑いを盛り込むなら
今の首相のパロディもいいけど
自分たちへの批評も
表現として内包するべきじゃないか。

エンターテイメントじゃ無くて
プロバガンダを目指すなら
他の参加者ほど同調出来ない。

夜は渋谷で学生時代の同級生に会う。
雄介kunの計らいで
7、8年ぶりに会った。
寺岡君、渡君、チエchang、雄介kun。
それぞれ違う生活をしているし
中身も変わったのだろうけれど
7、8年間の空白を埋めるかのようにしゃべる。
大変楽しいひと時でした。
ありがとう。

気づけば午前2時をまわり
その日はチャリが無かったので
タクシーで皆を見送ったあと
一人で五反田まで歩いた。

みんな大なり小なり違う道を
違った立場でたっている。
交わるタイミンングもあれば
平行線のままでいることもある。

誰もが決して
誰かを真似ることは出来ない中で
手探りで
暗中模索が続くんだろう。
これからもっと
霧が深くなるかもしれないけれど
その中で
誰かを、何かを掴まえたら
そこから繋がることを
続ければいい。
一元的な発想ではなく
独自の多様性を持ちたいですね。





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サイカイします。

暫くぶりに
自分のblogを覗き込むと

あんまり代わり映えしてないねぇ。
もうちょっと
悪戯やら中傷があってもいいのに・・・。
まぁ、僕自身が何かやんないと
当然変わらないわけで、
当たり前の状況に
勝手に退屈しました。

暫くblogのupが無かったのは
数年前に購入したiBookG3-sanが
実家に去っていったからで、
今は新しくMacBook-sanが
手元に届きました。
おかげで昨日までのno net lifeから
一気に
現在形の文脈に埋没気味であります。

実際この数週間は
それなりにいろいろとあったのですが、
それを書き残す新鮮さが
薄れてきているので
書きたくなれば書くことにします。

僕の生活上での決意やら
人の間での揺れ動く様やら
その時その時の思いも
数多くあるのだけれど
すべては必然性のままに・・・。

何はともあれサイカイします。


Mypicture_1

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2007年6月 7日 (木)

センチメンタルな気分

他人から見れば大した事は無い
自分からすれば波乱の渦巻く
2日間が過ぎました。

いつでも何処でも誰にでも
訪れる
“やりたい事と出来る事”
の問題にしばし、どっぷり浸かってみて
今は少し放心状態。

今までの時間に黄昏れて
今からの時間に困惑する、
そんな時があっても良いのだけれど
3年続くとさすがにシンドイ。

虚勢を張るつもりは無いけれど
多少のハッタリを決め込んで
仮面を被って
飛び込まないといけない状況も
あるのかもしれない、なんて
ちょっとセンチメンタルな気分。

みんな頑張ってるよな。
俺は頑張ってるって言えんのかな。

20歳を過ぎた頃
買ってしまったSIONのCDは
相変わらず自分のfavoriteで
聞いていると自分にとって余計なモノを
サラサラと流してくれる。

2_9

21_7

いつでも何時でも
自分の心象風景にピタッとハマって来る。
何度も怒ったり泣いたりしてきました。
でも最後に
“がんばれ がんばれ”
を聞くと
もう少しやってみようと思えるから
自分を嫌う事はないのです。

22

今はSIONと
"singing under the rainbow/world's end girlfriend"
しか聞く気になれません。


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2007年6月 5日 (火)

掴みに行く

時間がどんどん過ぎて行くのは
知ってはいるけれど、
今現在の立ち位置で
そのダイナミクスを掴む事は
何かと難しい。

今、自分が何をしていようと
周りの時間はグングン過ぎ去って行き
振り返れば
自分のキャパは関係なく
その質量はヒラヒラと落ちて行く。

それでいても
やはりその実は掴みたい。
僕が恐れる孤独感や疎外感にまつわる
後悔の念は
掴みきれなかった時にこそ
現れるもの。

全てを全く無視して
それらを棚上げする事は
出来るけれど
それがつまらない、て事は感じれる。

掴みとってコントロール出来るか
分からないから
エイヤっ、て飛び込む覚悟と
掴む意思を持たないと
面白い事はナンにも出来ないなぁ、て
良く聞く話しを思い出しました。

その結果はいずれまた。



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2007年6月 4日 (月)

思考の隠蔽

初対面にはめっぽう弱い
自分の性格からか
面識の無い相手からは
「落ち着いている」「大人っぽい」
と印象をもたれる事が少なくない。

少しづつ会話を重ねると
それなりに打ち解けたニュアンスを
含みつつ
やはり小心から
いいかげんな言葉を発し
当初の印象をヒックリ返してしまう事に至る。
僕なりの気配りと裏腹に
軽率な印象を与えてしまう事もある。

そこで作用している事は
僕自身の思考の隠蔽である。

無口な人間は控えめな人間に
良く喋る人間はopen mindな人間に
不思議とそう思われていく。
実際そういう人もいるのだろう。

しかし、
そうで無い人もいることを
経験値的にわかっていたりする。
無口な人間ほど
内心に強い言葉を持ち合わせていたり
多くを喋る人間ほど
本当に伝えたいニュアンスを
言葉に出来なかったりする。
また
喋らない人間は
実際何も語るべき言葉を持っていなかったり
喋る人間は
実は決して表に出さない隠された言葉を
持っていたりする。

自分が投げかけたモノを
相手がどう受け止めるかは分からない。
そのどうしようもない
隠蔽のシステムを
どのように受け入れるかが
人間味の表れに
繋がるように思える。
どうしようもない、と投げ出しても良いし
どうにか上手く真意を伝えたい、と格闘してもいい。

勘違い、思い込み
多いに結構です。
ただもう少し上手く受け取ってくれると
僕はもっとイイ働きをしますよ。


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2007年6月 3日 (日)

文句無し

私用のため
今週の木曜に実家に帰省するのですが
朝から母親と電話で話し
帰省時の予定と父親の近況を聞く。
我が家の父の立派なお父さんぶりに
少し感傷的になりにけり。

細川さんのblogを数日ぶりに読むと
僕と五月changの名前が・・・。
ニヤリ。
気分が盛り返してきた。
僕も殆どの部分で同じように思っています。
ただ、僕は何かを
与えてもらってばかりなので
僕からも何かを見せなくては
フェアじゃないな、と自戒してもいます。

punkな自転車を修理して
暇つぶし的に五月changを呼び出し
渋谷へ向かう。
帰省に向けての買い出しは
shoppingとしては新鮮で
用事としてはやや面倒。

帰りのチケットが売ってなかったので
一人素早く新宿で購入。
天気が素晴らしく南口は眩し過ぎた。
なんかスゴい表の東京ポイ感じに萎えました。

渋谷に戻り東急のコールハーンへ。
父親への靴を物色する。
父親一人では決して選ばない様な物を
チョイスするのがコンセプト。
以前はNIKE air搭載のモデルが
一押しだったけれど
今は時期的にウォータープルーフが目玉らしい。
何か普通だわ。
僕は断然air入りのモデルをチョイス。

それにしても誰かの為に何かを選ぶのは難しい。
旅先でお土産を買う習慣を嫌う自分には
人様へ何かを選んで渡すのは
新鮮だけれど面倒でもある。

ビックカメラへ出向き
無線と外付けのhdについて教えてもらう。
相変わらずpc関係の情報は
日々猛烈な勢いで増えて行くけれど
僕には全く受け入れるキャパが無く
異国の言霊のよう。
頼む、取りあえず理屈は良いから
ポイントだけ教えて。

夜は知り合いのママさんのいる居酒屋へ。
久しぶりに行ったけれど、
再び色々とサービスしてくれて大満足。
そして安い。
もの凄く庶民的なんだけれど
根底にはどっしりした力強さを感じてしまう。
みな一生懸命です。

録画した“すべらない話”は
何となくスルーしたまま
酔いがまわりこの日も撃沈。
さぞ多くなイビキをかきまくっていたのでしょう。

そんな休日なり。文句ある?

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2007年6月 1日 (金)

天気模様と心境模様

天気の具合により
その日の僕のテンションは
すこぶる左右されてしまう。

最近の雨模様は
全く有り難くない。
どんなに楽しみな予定があったとしても
外に出かける僕の気分を
著しく低下させてくれる。
服が濡れる、荷物が濡れる
何よりもチャリが濡れちゃうでしょ。

濡れたあとでチャリを拭き上げるのは
日々の愛着具合を増進させるので
無意味な儀式ではないのだけれど
チェーンの水と油が混じった
微妙な汚れや
サスの裏の拭きづらい所や
サドルの下の拭きづらい所などが
時として一日の終わりを苛つかせてくれる。

でも雨が全く悪い訳ではないのです。
時として雨に打たれると
その時の心のしこりや不甲斐なさや憤りを
スーッと流してくれる事もあるのです。

しかしチャリには全く別もの。
濡れたままで放置すると
知らずしあらずのうちに錆びるでしょ。
あれは凄く困るし気になるのです。

やっぱピッカピカが良いもんんだ。

ところで昨日
CyberAgentからサッカーの観戦チケットが
株主優待券として届いた。
えっ僕は株主だったの?
どっから僕の住所が漏れてんの?
持ち株があるのなら・・・売りたい。
この間から自分の個人情報に関して
やや不安があるのでこれもある意味怖い。
でもサッカーは見に行くかもしれない。

そして今日も
チャリで出勤しようと
颯爽と乗り込む、そして踏み込むと
ガタッガタッガタッ
チャリがpunkになってました。


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2007年5月31日 (木)

RATM

誰にでも思い入れの深いバンドが
いると思うけれど
僕にもいくつかあります。

どういう訳か
それらのバンドは20歳前後の時期に
見つけて聞いたモノばかりなんですが、
今となっては解散していたり
誰かが死んでいたりするわけで
聞き直したところで
興奮はするものの
そのぶん時間の経過を感じてしまうのです。

そんなメランコリーに浸っていると
限りなく寂しさに包まれてしまうので
僕は今も新しい音を
探しているのかもしれません。

そうこうするうちに
自分の偏愛も変わっていき
少しずつズドーンと来る音の
音色が変わってきているのだけれど、
いつでも変わらない音というのもあって
今改めて考えると
理屈やマーケティングや文脈に
乗っかったもでは無く
恐らくそのバンド、もしくは人の
初期衝動によって作られた音に
非常な興奮を感じていたように思います。

だからこそ
その音のジャンルに関係なく
雑多な音の小宇宙に点在する
星座のような形を
頭の中に
形作っていたのかも知れません。
それは誰が探しても
見つかるモノでは無く
自分にしか分からない
星座かも知れないけれども。

そこに来てRATMの復活は
何やら新しい星座の発見に似た
ほのかに眉唾物の期待があります。

て言うか誰に対しても
取りあえず嬉しいnewsでしょ。
今後のamazingなnewsを期待します。

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2007年5月30日 (水)

騙されかけました

この小規模なblogにも
毎日いくつかのspamと言うのか
訳の分からないトラックバックが
付いて来るのです。

昨日は仕事の後に意識朦朧と整理をしていました。
殆どはあるwebから何処かの有料サイトへ
飛ぶ物が多いのですが、
昨日は何故か
何処まで進むとダメなのか気になり
ピコピコ弄っていたのです。

軽はずみな興味本位は怖い物です。
ある有料アダルトサイトに繋がったところ
年齢認証のpageで18歳以上を選択すると
突然、黒バックに赤の点滅文字で
「ありがとうございます。登録が完了しました」
の文字がデカデカと現れました。
「えっえー!!!」
何が起こったのかよく分からず
その場に立ち尽くしました。
眠気も一気に吹き飛び
顔が赤くなるのを感じました。

さらに
「登録終了いたしましたので料金が発声します。
 本来79000円のところ
 ただいまキャンペーン中につき
 2日以内に振込を頂きますと
 45000円になります」
と赤々と書かれていました。
「マジですか」
突然の振込要求に足が震え出しました。
「ヤバい、ヤバい、どうしよう」
暫く恐れおののきましたが
落ち着いて今更ながら規約を読み出すと
あまりに不利な内容に更に困惑しました。
「ヤバい、どうしよう。
 管理者に連絡して
 間違って登録した事を伝えようか」
「いや、連絡なんてとりたくない。
 ひとまずプロバイダーと消費者センター
 相談してみよう」
相談の電話が繋がるまで時間があったのだけれど
気になって気になって仕方なく、
暫く最悪なシナリオを考えて
気がドンドン滅入りました。

そして午前9時にプロバイダーに連絡し
登録によってどんな情報が相手側に伝わるのか確認。
基本的には本人意外に本人がいないところで
個人情報が開示されない事を確認。
そして消費者センターに
自分がどのような対応をすれば良いか確認。
ここまで来るとさすがに自分が
いわゆるワンクリック詐欺にかかりかけていた事が
わかってきました。

当初は管理者に連絡を取ろうかと考えましたが
むしろそれが一番マズい対応らしく
そのまま無視してればいい、と
軽くアドバイスを受けました。

ひとまず安心をして
おしえて頂いた“STOP!架空請求”のhpをみると
自分が見た内容と全く同じ様なpageが
詐欺の例として紹介されていました。

あぁ〜、自分は何てありふれた詐欺に
恐れおののいていたのだろう。
ある意味明快なその内容に
だんだん腹が立ってきました。

それから暫くどういったシュエーションで
自分がどのように対応すべきか調べ
その後はなんとか平穏を取り戻しました。
今となっては
万が一連絡を受けてもそれなりの対応策を持ち
裁判所からの通達にも恐れをなしません。
むしろ望んで挑めます。

プロバイダーの担当の方、そして
消費者センターの担当の方
有り難うございました。
僕も1つ賢くなる事が出来ました。

それにしてもこんな小さなblogに
わざわざトラックバックを付けてくる
迷惑サイトには本当に腹が立ちます。

何よりもその時の
自分の軽はずみな行動や
無知さ加減を大変後悔しています。

出来るだけ怪しいトラックバックは
消すように勤めますが
漏れる可能性もあります。
もし詐欺にハマりかけた人がいたら
それなりにアドバイスが
出来るようになれました。

あぁ〜あ。少しの時間かもしれないけれど
マジにびびりました。

まだまだ経験不足で肝が小さいわ。


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2007年5月29日 (火)

むむむむむっ

どうも月曜、火曜と出来が悪い。
今日の出来の悪さは明日書き残す事として
月曜も何だかんだで
まず藝大の講義にモグリ込めなかった。
部屋がやたら男気いっぱいに散らかっている。
仕事に出かけるも微妙に集中力が足りない。
例のあの子が笑っている。
友達と交わす会話にウィットが無い。
ご飯と一緒の味噌汁がヌルい。

これに田植えが関係しているのか、どうかは
分からない。多分違う。
ただ、何かしらの変化の兆しで
それに伴う不協和音なら
良いように変化してもらいたい。

むむむむむっ
後で思えばたいした事では
無くなるかもしれないけれど
今後は注意深くなりにけり。
エッジから足を踏み落とさないようにね。

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不便なプライベート

前日に早々と寝てしまった為に
日曜は早めに目が覚めた。
その日も快晴で
既にカエルも鳴き出していたので
一人散歩に出かける事にした。

田舎の山道を一人歩くのは
都会の喧騒の中を歩くのとは違い
一人ながらも寂しさは感じない。
太陽も熱を発し風も吹いている。
ついでにカエルも四方八方から鳴いてくれる。

「朝は気持ち良い」
なんてちょっと退屈な言葉だけれど
その通りなんだから仕方がない。
朝食までの1時間をひたすら田舎道を歩くだけに使う。
水田のキラキラの中で
もう田植えを始めている人がいる。
見ず知らずの人だけれど挨拶をする。
そうする事が当たり前のように思えた。

どんどん歩くと
風景も変わって拓かれた田園から
うっそうとした木々の森に移りかわり
やがて竹林にとって変わっていく。
竹のしなやかな固さが感触として好きだ。
コンクリートの固さと違い、
中に流れる水の存在がどことなく優しい。

道と言っても草木を除いた砂利道で
誰にでも便利なモノではなく
使う人にだけ有効なプライベートなモノだ。
時折現れる手書きの注意書きが微笑ましい。
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多分に誰にでも優しいモノは
便利で使い易くて、つまらない。
プライベートなモノは
不便で大衆を寄せ付けないが、
その奥にあるモノを想像させ好奇心を刺激する。
だから子供の頃は
行ってはいけない場所に行ってしまうのだろう。
国道や大通りと路地裏の違い。

朝食を食べに戻り
原沢さんに挨拶をし移動。
高山植物の栽培をする親類の畑を見学。
山の高台に生息するシラネアオイを栽培されており
花が咲けば他の山に移し育てる活動をされている。

その後は温泉に向かい露天風呂にうつつを抜かす。
硫黄の匂いが激しくヒリヒリして痛い。
全身の肌には合わなかったが
最後にチャレンジした足湯は最高に気持ち良い。
温泉卵の出来上がり待ちのおばちゃんと喋る。
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その後は一路、東京・渋谷へ。
運転免許は取得済みだがペーパーぶりに自信がなく
今回も後部座席の王様になる。

何もしないで時間を過ごすのは苦手。
な〜んにもしてないのに体がだるくなる。
本を読むと酔いがまわるし、
タバコは吸うのは気が引けるし、
誰かと喋ろうにも
お互い疲れているので会話にならない。
あの感覚と時間は無駄すぎる。
次に実家へ帰った時は車の運転の練習を誓う。
これも旅の教訓か。

今回同行させてもらったこのツアーの殆どは
僕にとって新鮮で心地よいモノになった。
このツアーを企画した原沢さんに感謝します。
特別な事はそんなにないのだけれど
何処かで散在するよりも
得難い体験の連続で
心も頭もうれしがって仕方ない時間になりました。
次回の参加が許されるなら
今度は一日中苗を植えていたい。
あっ、その前に稲刈りが・・・。
植た苗の成長は自分で確かめねば。
ただ普通に育ってくれるか自信はないけれど。

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2007年5月28日 (月)

となりのケロロ

先週末は学生時代の詩changにお招き頂き
群馬に行く。

五月changと紀さんと合流し
何とか遅刻せずに渋谷からレンタカーを借りて
約3時間程時間をかけて
詩changのパートナー原沢さんの実家へ。
そこはそれこそ“となりのトトロ”に出てきそうな
山に囲まれた田園風景が広がる
絵本のような風景が広がっていた。

今回の僕の目的は田植えである。
僕も田舎育ちなのだけれど
実家には所有する田んぼがなかった。
近所の友達はある時期がくると
それぞれの田んぼにかり出されて
田植えから稲刈りまで手伝っていたのだけれど
僕はしたことがなかった。
小学校の時に体験研修があったのかもしれないけれど
全く覚えていない。

なぜ今田植えなのか?
それは分からないのだけれど
田植えほど日本人として伝統的な営みを
自分が経験したことがないというのは
とても大切な経験の
欠如のように思えていたのだった。
何かから自身に立ち戻る時に
そのベースとなるモノの1つに
田植えが有効なメタファーのように思えていた。

原沢さんのご両親はとても気さくな方達で
到着する頃には
10人分の昼食を用意して下さっていた。
まだ全員の名も名前も覚えていなかったけれども
共に昼食につき
いよいよ田植えに出かける。

おのおのがそれぞれの農耕ルックに着替え
田に出る。
山間を開墾し作られた水田は
晴れ渡った天気のおかげもあり
キラキラと輝いている。
何処からともなく
カエルの鳴き声や川の流れる音、
そして風に吹かれる木々のざわめきが
何とも心地よい。

水田に素足を入れるというのは
格別の感覚を呼びおこす。
ニュルとした感覚の中に
時々ゴツゴツとした石の発見が
気持ちが良い様で緊張もさせる。
深さに限界はあるけれど普通に歩くには
不安定なのである。
時間が昼過ぎなので水温も温かく
一歩一歩すすむ度に
脳の中で今まで使っていなかった所を
ズボッズボッと刺激しているようだ。

今思えば何故そう思ったのか分からないが
田植えと言えば後ろ向きにすすむモノだと
思っていた。
しかし実際は
糸で田の端から端までラインを引き
それに合わせて植える為、横に進む。
恐らくは素人の僕らの為に
用意されたのだろうけれど、
その合理性に妙に関心した。

黙々と苗を植える人
写真を取り出す人
カエルを捕まえる人
苗床を上手く掴めない人
皆それぞれに楽しんでいた。

僕はと言えばずっとニヤニヤしっぱなし。
やや暑い日差しと、心地良い水田。
静かながら聞こえてくる音。
煌めく水面と時折顔をだすカエルの顔に
脳からドーパミン出まくりで
制御のつかない状態に落ちっていた。

僕ら用に空けてくれていた水田に植え終えてからも
田に足をいれ足の指をグー、パーと動かしてみる。
自分の足と泥が一体化したように思えてくる。

現在では狭い日本で農業だけを生業にする事は
難しくなってしまった。
原沢さんのご両親も兼業農家だと言う。
田を見た事が無い同世代も少なからずいる。
しかしだからといってこの感覚を
僕らが知らずに生きて行くのは
あまりに勿体無い。
そこから生まれた感覚は少なからず
自身の立ち位置に良い影響を
与えてくれるモノだと思う。
短いながら素晴らしく心地よい体験だった。

その後は河川で水遊びをしたり
温泉に浸かったりして東京では味わえない楽しみを
贅沢に味わう。
夜にはBBQを開いて頂き
イノシシの肉を頂く。
普段は飲まない日本酒を振る舞って頂き
僕の頭はついにシャットダウンしてしまった。
普段なら頭痛に苛まれるところだが
それらもも幸せな体験だったことに変わりはない。

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2007年5月26日 (土)

雨ふりのミーティング

昨日は雨ふりの中
幾つかの予定をキャンセルし
ある意味予定通りに
約束の時間に遅れて渋谷に向かう。

以前の同僚、平野サンが
ワーホリ中の中一時帰国しているのだ。
お店に着くと
平野サン、伊勢サン、南澤サン、五月changが
既に集まっていた。
五月chang以外は久しぶりに会うので覚悟を決める。
遅れた事を謝りはしない。
さもずっといたかの様に振る舞うのだ。
そうで無ければこのメンツの前で気後れしてしまう。
そう言うメンツなのである。

久しぶりにあった平野サンは
どういうわけか以前より見た目がすっきりしている。
こんな事を言うのは失礼なのかもしれないが、
それを見ぬフリをするのはあまりに無理がある。

近況報告やらオーストラリアの話を聞かせて貰う。

やはり半年以上会わなかったせいか
共通の話題として職場の話も出るのだけれど
僕はそんな話はしたくなかった。
そこには現状の情報しか無く
そこから派生する+αが無いからだ。
伊勢サンも仕事をやめるらしい。
驚いたけれども納得も出来る。
特別中が良いわけでは無いけれど
寂しいモノがある。

南澤さんも新しい仕事に
良くも悪くも慣れてきたようだ。
僕がことあるごとに勧めていたせいか
自転車を購入したらしい。
いずれツーリングに出かけましょう。
その伸びたJ尾崎のような後ろ髪が
どうなびくか楽しみである。

それぞれの終電の都合に合わせて
帰路につく。
中村サンにFreeTEMPOのイベントに誘われていたが
今回はパスさせてもらった。
何だか奇妙な寂しさがあった事を記すことにする。

今日から週末の2日間は田植えに出かける為
今から出かけます。
僕にとって
ちょっとしたイベントであり楽しみである。
自分達が農耕民族である事を確認してきます。

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2007年5月25日 (金)

個人的ナイーブを多様な笑いに

今のところ、
人に与える手段と結果として
POPな笑いと言うのが最良のモノだと考えています。
毎日の生活の中で
同じ様な事をしているようで
その実、毎分毎秒様々な変化の中で
生活し何かを感じてしまうわけですが、
その中にも当然、
喜怒哀楽に留まらないナイーブな出来事が
日々起こってしまうわけです。
とりわけその中でも笑いに繋がるモノが
瞬間的にも長期的にも
影響力が強いのではないか。
それが今の仮説です。

また笑いの繋げる創作の過程に
その人間の成熟度、奥ゆかしさが
現れるのではないか。

NYLON100℃
そしてケラリーノ・サンドロヴィッチ
演劇を見る事は
偶然のようで必然だったのでは、と
今は思えて仕方が無い。
その笑いの表出のされかたが
関西の笑いに親しみを感じる僕に対して
吉本だけでは感じ得ない
上質で豊かな広がりを感じさせる。

乱暴に言ってしまえば
関西そして吉本の笑いにはツカミがある。
そこで笑いの起こりえる空気感を作る。
そしてフリがありオチがある。
このフリとオチをそれぞれのテンポで繰り出し、
最終的には最後のオチで
視聴者を同時に笑わす流れに持って行く。
それがザックリ言ってしまうと
そこには大衆的な反射による習慣性に
笑いが向かうのに対し、
“犬は鎖につなげるべからず”の笑いは
個人的で自発的であると思う。

僕の場合、舞台の前半要所要所で一人で笑っていた。
他の人もそれぞれのタイミングで笑っている。
途中でみんなが笑えるポイントが
幾つかあったけれど
その反応は人それぞれであり、
クスクス笑う人、爆笑する人、引きずるように笑う人
それぞれが違う。
もちろんストーリーがあり流れがあるので
笑いと笑いのインターバルは短くなり
演出によっては
落ち着いたり、シリアスになったりする場面も
現れるのだけれど
その反応は多種多様ながら
舞台で繰り広げられる出来事への注目度は
どんどん高くなって行くのがわかる。

そのような流れを生み出すところに
何やらとてつもないモノを感じてしまうのです。
簡単に言うと
一度見た今の漫才は2度と見ようと思わないが、
(落語は除きます)
今回の舞台は同じ展開
おなじキャストであっても
また見ても良いかもと思ってしまう。
そこから受けるモノが個人的であり
多種多様であるゆえにです。

構成上、主演を張るキャラクターが設定されていても
見る側の意識1つで誰でも主役に見えてくる。
もっと言えば誰とも自分が同一化出来る。

同一化する事が必要か否かは
完璧には把握していないのだけれど
そこから生まれる感情のウネリに
大事なモノがあるような気がして
今はそうしている。
主観を客観視すると言うか・・・。

そういう事が出来るのが
舞台の力なのか、演出・脚本の力なのか
実際まだ分かっていないのですが
その効果が
「観れて良かった」「また観たい」と
思わせてくれました。

蛇足ながら
キャストの演技、台詞、踊り、音楽は
本当に楽しめました。
台詞だけをi-podに入れて持ち歩いても楽しいし、
あの踊りは何度観ても飽きない様な
奇妙さがありました。

どうせ何かを考え、誰かに表出するなら
笑いの要素を入れた方が良い、と
思ってきたのだけれど
今は笑いの要素が含まれないと広がらない、とまで
思うように変わってしまったわけです。






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2007年5月24日 (木)

前のめりでした。

相手に対して思いを持ち続ければ
いつかは伝わる。
そう考えれば厳しい状況も
何とかやり過ごせるかも知れないし、
内心もダークサイドに陥らなくて済む。
しかしながら
自分と言う人間は
気持ちの届く瞬間を待ちきれなかったりする。

昨日はいつもお世話になっているというより、
最近はお世話になりたいとすら
考えるようになってきた細川サンと、
以前から「一席設けろ、コノヤロー」と
切に願われていた五月changと
3人で青山集合。
犬は鎖につなぐべからず”を見る。
最近の自分の流れからにして
いよいよ本丸です。

昨夜の舞台のあれこれは次回に持ち越して
今言いたい事は
緒川たまきさんのお姿を拝見出来たことだ。

常日頃に僕はミーハーに有名人の話はするけれど、
共通言語として使う意外は
有名人の方や俳優さんに対し
過度に思い入れを持ったりしない。

しかし何事にも例外があるけれど
僕の場合はこの方なんです。

はじめて見た“ソリトンside B”
実家の壁に貼っていた“ZOLA”の切り抜き。
思えば随分昔の事のようで最近の事のようでもある。
そして昨夜は初めての肉眼で
TVや雑誌を通してでは無く
空気を通して捉える事が出来た。

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何て事でしょう。完璧にお美しい。
立ち振る舞い、表情、声、そして演技。
まったく理想のバランス。
“凛”と“可憐”と言う言葉は
この人の為に生まれたのか。
自然と前のめりに見とれてしまうのです。

劇場のつくりも良いのだけれど、
良い席で見させてくれた細川サンに
最大級の感謝を。

高校生の僕がそこに現れて
緊張して号泣してました。

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2007年5月23日 (水)

そして喋らなくなる

この2、3日は朝に時間がつくれず
先週末の後日談が書けなかったので
今更ながら記しておくことにします。
タイムラグは気にしません。
何より残したいだけなので。

土曜の深夜3時頃まで
紀さん宅の手塚漫画を読んでいたわりには
日曜には朝8時に起きる事が出来た。

紀さんファミリーの朝ご飯を頂く事にしたが
ホテルの朝食ようなパンが出てきた。
とても美味しい。
朝にパンを食べるのは久しぶりで
普通の事だけど新鮮だった。

お父さんは既に庭に出ている。
お母さんはボランティアで
公園のガーデニングに行く準備をされていた。
これがこの家の休日の朝なんだろう。

僕らは朝食を終えると
近くの公園へ散歩に出かける。
前日に決めていた事だけれど
散歩に出るには持ってこいの天気だった。

随分歩く。
ここには山道の他何もない。
曲がりくねった道のせいか、
ジョギングをする人、サイクリングをする人が
やたら多い。
しかし、人以外には何もない。
お店も無いし、自販機すらない。
僕は昨夜に切らしたタバコへの欲求を我慢する。

1時間ぐらい歩いた所で
古い一軒家を改築したピザ屋に入った。
以前はその店にお母さんの押し花を
展示していたらしい。
ひび割れた塗り壁と漆喰の白い壁が
不思議と異国のピザのイメージを覆された。
何故こんなところで、とは当然考えた。
おそらくはピザ作りを試すうちに
いよいよお店を持つ欲求がムクムク沸き立ったのか。
あ〜、リタイアした後にそば屋を始めた
気の良いおじさんをイメージすると納得いった。
しかし、やはり接客に慣れないのだろうか、
ホール担当の近所のお母さん風の人には
全く余裕が無い。
迂闊には声をかけられない。
1時間程いたけれどピザにありついたのは
最後の20分くらいだったような気がする。

店を出て再び歩く。
ズンズン歩く。
そして喋らなくなる。頭の中で喋りだす。
刻々と移り変わる風景。
しかしそれらの印象はあまり変わらない。
一本一本の木や道のりは違うのに
自分の感受性は都会の風景に
どっぷり浸かり過ぎているのかもしれない。

やがて団地が見えてきた。
改めて思う。
今の日本の街並にはコードが無い。
1つ1つの家が全く違っている。
ここの土地は都心に比べて随分安いらしい。
家主が持ち家にさまざまな思惑を
盛り込んでいるのだろう。
その造形の交配ぶりは異様な感じがほとばしるが
道の反対側には全くの自然が立ち尽くしている。
この地に生まれ育ったら
どんな自分に育ったか想像したら笑えてきた。

不意に仙波さんに
「男の人と女の人、どっちの友達が多い?」
と聞かれる。とっさに答えた。
「女の子の友達の方が多いかな」
「そうよね、そんな感じがする。
 doi-sanには男臭さを感じないのよね」
むむむどういう事か?
男らしくないって事?
まぁ確かにいわゆる男っぽい態度はとらない。
なんだか自分には合わない。
だけど僕は根っからの女の子好きだ。
知らない男には紹介されないと話かけないが
見ず知らずの女性とは
取りあえず喋ってみる。
それにしても何だか意味深な会話だったな。

その後2時間程かけて家に戻る。
予定していた時間を大幅にオーバーしたので
急いで身支度をして電車に乗り込む。
仙波さんと紀さんは
友達の撮った映画の上映会に行くらしい。
僕は使用の為に家に帰らねばならなかった。
僕には洗濯物が待っていたのだ。

とにかくこの2日間は不思議な新鮮さが
何をしようにも立ち昇ってきた。
とにかく感謝。
また来月には蛍を見に行く事になると思う。

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2007年5月20日 (日)

suburbia and family

お昼に仙波さんと新宿で落ち合う。
紀さん宅にお邪魔する為のお土産を買う為である。
随分前からお宅訪問の約束をしていたけれど
都合がなかなか合わずやっとの訪問である。

久しぶりに立ち寄った高島屋は随分と変わっていた。
何が何処にあるか分からない。
お菓子の詰め合わせと酒の肴を買う。
女性の多い家らしいのだけれど
立った一人の男性のお父さんへの
気配りも発揮してみた。

ついでに高島屋で働く久美サンのお店に寄って
少し話す。
以前にも増してテンション高めの人柄で
寝不足気味の体に元気を貰う。

一路、西武遊園地前へ。
新宿から約一時間の距離ながら
全く雰囲気がかわる。
ホンマタカシの写真や
岡崎京子の漫画に出てきそうな郊外の街。

紀さんの立派な自宅に緊張して入る。
ご家族のいるお家に入るのは高校の時以来かも。

ご両親に挨拶して
今日の目的であるガラス細工を教えてもらう。
ガラスにはいろいろ作り方がある様で
今回はインサイドアウトというやり方を教わる。
デッドヘッズが首から下げている様な
色ガラスの模様の入ったモノが作れる。

自宅にはお父さんが作られた立派な工房があり、
そこでガスバーナーを使ってガラスを溶かす。
まずは基本の棒状のガラスから
ビー玉のような丸いガラスの作り方を教わる。
これが見た目以上にかなり難しい。
たった1つのビー玉を作るにも
様々な行程を踏んで仕上げて行く。

1000度以上の火を使いながら
腕を水平に保ち
ガラスの流れを見極めながら
形を形成して行く。
腕の力も集中力も必要。
当然、火にも注意しなければいけない。
取りあえず1つ作り上げると

僕らがキャッキャ、キャッキャしている間、
お父さんは自家製の薫製をしあげてくれていた。
夕食時には様々な作物の育つ庭で
BBQを開いて頂く。
お父さんは自分の子供に対して理解があり
お母さんはとても気さくな方達である。
初対面ながらいろいろとお話をうかがう。

070519_161701
紀さんのご両親は僕の両親とも年が近いのだけれど
とても行動力があるお二人だ。
庭に咲くバラや作物も
お二人で一から育てられ
今ではそれらが
押し花になったり食卓に並ぶ。
工房もお父さんがお姉さんの為に
作られた力作であり、今では紀さんが使われている。
また、お二人は本場のガーデニングを見る為
イギリスに旅行して
普通ならホテルに泊まるところを
B&Bに泊まり歩かれたらしい。
お母さんは押し花を教える先生であり、
お父さんは東京マラソンに出場されている。

何よりも子供達がやりたがる事を否定せず、
理解し助力されている。
子供の為に多少危険なガラス工房を作るなんて
なかなか出来る事じゃ無い。

普通の家族団らんを垣間見れると予想していたけれど
それ以上のモノを目のあたりにしてしまった。
素敵な家庭です。
自分の両親には尊敬しているけれど
ここも凄い。

Photo_1
食事のあと再びガラス細工を
再開するつもりだったが、
薫製に驚き、食事も美味しく
ついついビールがすすんでしまい
酔いが回ってしまった。
紀さんと仙波さんはインサイドアウトに
勤しんでいたらしいが僕はソファに倒れ込んでいた。

夜中に少し起きて三人で喋って就寝。
しかし、少し寝てたせいか冷静になってしまい
逆に今日を振り返って目が冴えて眠れない。
全てが新鮮で濃厚な一日になった。




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2007年5月19日 (土)

ブスとバカ

仕事前に入澤さんとご飯を食べる。
先立ってmailを送られていて
その内容が神妙な面持ちだったので
緊急を要するモノかと身構えていたが、
どうやらメインは
本人にとっては大事な
僕からすれば笑えない話だった。

何時でも何処でも
噂を立てたり
いい加減な事を言いたがる輩はいるけれど、
人の色恋に首を突っ込みたがる人間は苦手。
関係ないだろ、お前には。
俺とエロスかましたいのか。
どうでもイイコトを自身の暇さ加減で
あーだ、こーだ言ってる輩が
中学生宜しく20代になってもいるのが面倒だ。
その輩がブスだと更にたちが悪い。
平川氏よろしくブスとバカは
年齢、性別、人種問わず嫌いだ。
ブスは無粋でバカは無知である。
僕がキリストだったら説いて廻ってもいいが
そんなに出来た人間性を持ってないし
当然愛も無い。

僕は面倒くさいと言う言葉と
面倒くさいと言う人間を毛嫌いするが、
これに関しては言わせて頂きます。
面倒くさいんだよ。そんなに暇か。

少なからずその事に対して心を煩わせている人が
いる事が更に沸々と邪気をつのらせる。

三宅氏aka犬式のblogを読んでいて
深夜の警察の横暴が取り上げられていた。
自分も同じような経験がある。
その時自分は大崎警察署員にキレた。
フラッシュバックよろしく思い出して
邪気が満ち足りてきた。

あのさ、そんなに暇かよ。
今の自分には奴らに道しるべを灯す気は無い。
ブスとバカは嫌いだから。


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2007年5月18日 (金)

顔と膝を突き合わせると

TVや雑誌やインターネット上で
様々な偉人や奇人を知る事が出来る。
全てでは無くとも、その一端を垣間見る事が出来る。
茂木さんも現代の最高学府は
インターネット上にあると言っていた。

確かにそうで自身が知りたいと思えば
どうやってでも知る事は出来る。
でもそこで最近では日頃のルーティンの中で
何かしらを発見する機会が少ない。
正しく言えば
そこにあまり発見を求めていなかったりします。

それでも何より協力な知識の伝達方法は
良くも悪くも口頭で広まる
口コミのコミュニケーションだったりするわけです。
顔を合わせて膝を突き合わせて
お互いの間を行ったり来たりすることで
知らず知らずのうちに
ある1つの情報が
より多くの+αを持ち始めるように思います。

安藤君がんばれ。
何気に応援しています。

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2007年5月16日 (水)

牛蒡のような

家にいると気分が高揚しずらい。
仕事中の休憩時間は気持ちが高ぶる。
自転車に乗っていると緊張感がありつつ心地よい。
仕事終わりは浮ついてしまう。
人と話している時は妙な焦りがある。
ご飯を食べる時は気がはやる。

同じ人間の頭の中で
その時の状況によって
全く違った自分にシフトチェンジしていく。
僕自身がミーハーな性格のせいもあり
随分昔から
常に冷静で気性にムラが無い人と対面すると
羨ましく思っていた。

勿論その人の内心では
色々な事を孕ませているのだろうけれど
それが表に表れず
まわりに安堵感を与える人が
大人だと思っている節が今もある。

最近は自身の性格に
ある種の諦めを持ち、
それならば如何に感情をコントロール出来るかを
ふと振り返ると
考えている事が多い。

このblogは足かせをはめずに
散文的に記すことも目的の1つだから
いつも同じ文体にするつもりは無いのだけれど、
自身の言動には一貫性を持ち込みたいとは思う。

つまりは
自分が居心地良く、
表層的に違和感を感じない空気感のようなモノを
如何に持続させる事が出来るか。
それが自然にこなせれたら
たぶん凄くイイ時間の使い方が
出来るように想像しているのです。

おそらくはそこには
多様な経験と共に何かしらの覚悟を
持つ事が結構重要なポイントのように
思えてきた。

偶有性を受け止める覚悟
先入観無しに受け入れる覚悟
実直な態度で臨む覚悟
結果に対して責任を持つ覚悟

言葉として紡ぎ出すとキリがないけれど
それらは1つのモノではないのかしら。
ただ見る角度が違うだけで。

波瀾万丈で全く良いのだけれど
その根っこには
人知れずとも牛蒡のような根があれば、
いつでも立ち戻れるように思うわけです。

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2007年5月14日 (月)

家から一歩踏み出すと

見切り発車であっても体を動かすと
不思議と体もついてくる。
暫くジメジメした部屋に閉じこもっていたせいか
天気が良い事もあり
体を外の世界に置いてみたくなる。

人はいつ旅に出たくなるのでしょうか。
何かしらの目的がある時であったり
現在の状況から逃げ出したい時であったり
見知らぬ世界に身を預けたい時であったり
その都度様々な状況下で思いを馳せるモノでしょ。

アイルランドでギネスを飲んで
ベルギーでフライドポテトを食べて
フランス人に馴染めなくて
イタリアで牡蠣にあたってしまって
オランダで飛行機を乗り過ごしてしまった事は
随分昔のようだけれど
あの時は何を考えていたかは
さらに遠い記憶のような気がしてくる。

あの日の思い出は
若かりし日々の思い出なんて
簡単に言う事はできるけれど
心の中では「そんなもんじゃ無い」と
いつも頭の中で吠える。

そう易々と説明出来ない複雑さが
思いもよらない結びつきで
今まで生きた人の誰もが解明出来ない
独自の質感的なモノを
僕の脳裏に焼き付けている。

外に出て行く事は
いつだって予測のつかない事態に直面する
自分自身に対する覚悟だった。
覚悟無くフラフラしているだけでは
それなりの経験が出来ても
それなりに納まる。
そして何かを持ち帰る事は出来ない事を
少なからず体得してきた。

「旅は良いよ」
なんて気軽に言えたもんじゃ無い。
家を一歩出るだけでも
ある程度の覚悟が必要になる。

友達の一人は今南米に辿りついたらしい。
また、別の一人は
旅の途中で日本に途中下車したらしい。
どんな話が聞けるか楽しみではある。

そして自分がどんな覚悟をして
外に出るのか、
恐ろしくもあり
待ち遠しくもあったりする。



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2007年5月13日 (日)

もう良いでしょう。

もう良いでしょう。
結構休養をとってみました。
普段は飲まない様な薬も飲みました。
普段は買わない食材を買って食べました。
友達からのお誘いも断りました。
タバコは吸い・・・ました。嗜む程度。

全ては体の為、風邪様の為です。
もう良いでしょう。
いくら健康優良児じゃ無くても
太陽に背いた生活をしていても
若かりし頃の記憶が恥ずかしくても
もう良いでしょう。

外に出ますよ。
頼まれたパンツのリペアもしますよ。
仕事もしますよ。
新たな生活を始めますよ。

柔な体に育った事を後悔するんだな。
精神と肉体が解離したってしょうがない。
先に行くよ。
まず頭洗って、歯を磨いてからね。
Adios my sweet cold.
Welcom to the amazing world.




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2007年5月12日 (土)

布団の中での出来事

今日はナンにもしない日にしていたのだけれど
ナンにもしないにも限度がある。
僕はゲームをしないし、
撮り溜めたビデオも無い。
風邪の床で本を読んでも頭が理解しないので
本を読むのも宜しくない。

こういう時は映像に限るので
DVD二本を借りて来た。
そのうちの1つ“SCARFACE”を見た。
アルパチーノ版“成り上がり”である。
そこそこ「へぇ〜」と思いながら見終わる。
自分の感覚が鈍いのかあまり感想が無い。

名作らしいので
一度は押さえなくてはと思っていた。
カメラのアングルは上手い。
アルパチーノ演技も“God Father”や“Heat”に
繋がる際立った演技だった。

しかし、途中から「誰かに似てるな」と思い出した。
それがハッキリ分かった時、
映画を見る気を失った。
以前勤めていたダイニングバーのオーナーに
似ている事に気付いてしまった。
あ〜あ、ナンだよもう。
忘れかけてたのに。
そう言えばアルパチーノの猛進ぶりは
そのままオーナーのイメージとかぶるな。

映画が悪いわけでは無い。
アルパチーノも悪くない。
ついでに今となってはオーナーも悪くない。
ただ自分の思考回路の単純さに滅入ってしまった。
やはりこれも風邪のせいか?

口直しに昔の“やっぱり猫が好き”を見る。
数日前に“かもめ食堂”を見て感化されて
何十年かぶりに見直してみた。良いです。
やっぱこっち側の人間だわ。

こうして、
やってきた事ばかりをblogに書くのは
日記的で全うな気がするけれど、
後から読み直して面白いかは疑問だ。
いや、恐らく面白くないし読まない気がする。

「何をやってたか」よりも
「何を考えていたか」が
こうした記録の必然性に繋がるのだと思うけれど
そうは考えつつも
考えが浮かばない
もしくはまとまらない時もあるので厄介だ。
やはり病気はいやだ。
ただでさえ自分の思いを伝える事は難しいのに
体調により更に難しくなる。
体調管理も大人の責任らしい。

あぁ、責任さんのお出ましだ。
薬は2錠って言ってるだろ。

「わーわー言っております」
「お時間です」
『さようなら』






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2007年5月11日 (金)