たまたま休みだった五月changが
熊本土産の熊本ラーメンと一緒に
リトルブリテンのTシャツを持ってきてくれた。
気に入ったので早速着る事にした。
神保町に出向き
五月changが会社からパクってきた雑誌を
何処の古本屋なら高く買ってくれるか
推理しながら飛び込む。
その泡銭で昼ご飯を食べて
新宿へ行く。
1日だったので
1000円で映画が見れる素晴らしい日。
"それでも生きる子供たちへ"を選んだ。
元々は"underground"を撮った
エミール・クストリッツァに興味が持っていて
そこから何となく知っていた映画。
前日の徹夜が祟って
かなりの睡魔に一日中襲われていたので
最初の短編は
ところどころで寝てしまい
ハッキリとは覚えていません。
しかし
2つ目にエミールの短編が始まってから
一気に目が覚める。
その後は一話ごとに
感嘆をこぼす程
のめり込んで見てしまった。
あのねぇ。
この映画の企画は本当にイイ。
僕が知らない
世界の子供達に焦点を当てながら、
道徳観から似通った印象に
陥りやすいテーマの中で
それぞれの監督の持ち味が
キッチリ出ている。
その多様さがひとつの点に対して
異なる見方を示してくれている。
監督と言う仕事をする人間に
心から尊敬の念を持ってしまった。
本物の才能と言うモノを
目で見て取れてしまう映画だと思う。
日本人が同じテーマで映画を撮るなら
どういうモノを持って来るだろうか考える。
誰がこの企画に参加している監督と
同質のモノを提示出来るのか考える。
思い浮かべない。
それほど独創性とリアリティの狭間に
立っているのが
この映画であり、
参加した監督達なんだと思う。
「世界の恵まれない子供達の話」
と一括りにしたところで
その現状は
子供達一人一人違うと言う事。
そして彼らは
決して自分が
恵まれない子供だとは思っていない。
自分の現実が全てだという事に
気付かされた。
彼らには選択肢は無かった。
ほんの少しの良い事も
それ以外の悪い事も
全て大人達に
与えられてしまったモノ。
その現実の中で
必死に生きるしか無い
彼らの現状に
日本で育った人間として
多くを考えずにはいられない。
特にジョン・ウー監督の作品には
ベタな展開ながらも
近い将来日本にも訪れそうな世界に
不安感を持ってしまう。
決して他人事ではない。
それにしても
このオムニバスに登場する子供達は
なんて個性的なんだろう。
僕から見れば
悲惨極まりない世界で
みずみずしく、力強く生きている。
まさに大人でも挫けてしまう世界で
子供達は一つ一つの小さな幸せを
噛み締めるように進んで行く。
劇中のFavelaで生きる子供達の
あまりの強さに
心が濡れてしまった。
力強さとは
強靭な精神力だけでは無く
笑いや
純粋さや
ある種の無自覚さも
含まれて成り立つのだろう。
精神論ばかりの大人が
実際には
簡単に挫折してしまう理由が
不意にこの映画で分かった。
前提としての
"世界の子供達を知る"と言う
意義以外にも
「なぜ自分はだめなんだろう」と
考えてしまう
僕のような部類の人は
この映画を早く見た方がいい。
その理由の一つがこの映画の中にあると思う。
どの子供達が印象的に残りますか?
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